郵便学者・内藤陽介のブログ
 切手というモノを、ちょっと違った角度から眺めてみると、あなたの知的好奇心をくすぐる新たな発見がイロイロあるのです。そんな切手の面白さを綴っていこうと思っています。
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 バンコクの7月22日広場
 タイのバンコクには、かつて日本人バックパッカー御用達の安宿として有名なジュライホテルがありましたが、このホテルの名前は、ホテルに面した“7月22日広場“にちなむものです。で、きょうはその7月22日なので、こんな切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 タイ・victory加刷

 これは、1918年12月、第一次大戦の勝利を記念してタイで発行された切手で、当時の国王、ラーマ6世を描く通常切手にVICTORYの文字が加刷されています。実は、“7月22日”というのは、1917年にタイが第一次大戦への参戦を決めた日で、戦後、戦勝国となったことを記念して、国王から下賜された土地に“7月22日広場”が作られたというわけです。

 第一次世界大戦が勃発すると、タイはドイツとイギリスのどちらが勝つかを見極めたうえで、勝ち馬に乗って参戦し、列強諸国との不平等条約改正交渉を進めようと考えました。一方、食料の輸出国であったタイの参戦は、連合国側にとっても歓迎すべき申し出だったのですが、タイ側が関税自主権の回復を代償として求めたことなどから、連合国のうちフランスがタイの参戦に難色を示し、タイの参戦問題はうやむやのまま放置されてしまいます。

 それでも、戦争が長期化すると、連合国はタイの参戦を強く求めるようになり、1917年7月22日、国王ラーマ六世はついに参戦を決意。同年9月28日付でドイツに対して宣戦を布告しました。ちなみに、現在のタイの国旗は、この参戦を機に三色旗風のものに改められたもので、それ以前は赤字に白抜きの像を描くものでした。

 さて、参戦を決めると、タイではヨーロッパ派遣の義勇兵の募集が始まります。その第1陣がマルセイユに上陸したのは1918年7月30日のことで、それから、彼らはフランス軍による訓練を受け、その一部が陸上輸送部隊として実際に戦争に参加したのは、10月17日のことでした。

 ところが、それから1ヶ月もたたない11月11日にドイツは降伏。タイは最小限の犠牲で“戦勝国”としての地位を獲得し、タイの兵士たちはパリでの凱旋パレードにも参加します。もちろん、敗戦国となったドイツ、オーストリアとの不平等条約は即座に撤廃され、講和会議にも参加する資格を与えられたほか、国際連盟が設立されるとその原加盟国になるなどタイの国際的な地位は向上しました。

 もっとも、パリの講和会議でタイは連合諸国との不平等条約改正を訴えましたが、実質的にタイの主張は無視されています。ただし、1920年9月1日、アメリカがタイとの新条約を締結して、治外法権の撤廃と関税自主権の獲得が達せられると、他のヨーロッパ諸国もタイの国内法が整備されれば不平等条約を撤廃するとの条約を締結せざるを得なくなり、1926年までにヨーロッパ各国との不平等条約は改正されることになりました。

 日本で7月22日広場が話題となる場合には、かつて日本人バックパッカー御用達だったジュライホテルとの関連で取り上げられることが圧倒的に多いのですが、バンコクの歴史散歩のポイントという点でも、7月22日広場は見逃せないポイントだろうと僕は思っています。

 なお、昨年刊行の拙著『タイ三都周郵記』では、バンコクの歴史散歩と切手や絵はがきをからめた「曼谷三十六景」なる1章も設けてみましたので、よろしかったら、ご一読いただけると幸いです。

 トーク・イベントのご案内
 8月2・3日(土・日)に東京・大手町のていぱーくで開催のサマーペックス会場内にて、拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』の刊行を記念したトーク・イベントを行います。2日は14:00から、いわゆる“竹島切手“についての話題を中心に、3日は14:30から、韓国切手に見る日本時代の“遺産”についての話題を中心に、お話しする予定です。サマーペックスのHPにアクセスしていただくと、無料の招待チケットをプリントアウトしていただくことができます。当日は、会場ならではの特典もご用意しておりますので、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。  
この記事に対するコメント

先日、目白の切手博物館で年配の収集家二人の会話を聞いてショックを受けました。
「竹島の切手買った?」
「独島のことだろ?」
「ああ、そうだった(笑)独島っていわなきゃいけないんだよな(笑)」
(なんだこいつらは)・・・と引きつりました。
今頃この人たちは「対馬奪還切手」の発行を心待ちにしているんでしょうか?
【2008/07/22 11:39】 URL | プるプるゼリーちゃん #- [ 編集]

 コメントありがとうございます
  プるプるゼリーちゃん様

 そういう人にこそ、ぜひ拙著『韓国現代史』をお読みいただきたいものです。
【2008/07/31 12:04】 URL | 内藤陽介 #- [ 編集]

注意しなければならない反日日本人
プルプるゼリーさんの聞いたその発言て、おそらく冗談半分に行ったんじゃないでしょうかね。ただ中にはアカヒ新聞の若宮某のように、竹島=独島を韓国に譲れなんていう輩がいたりしますから、油断なんて出来ないですね。それから中国との領土問題にゆれる尖閣諸島にしても、中国が騒ぐ以前に、最初に「尖閣諸島は中国領」と言い始めたのは、京都大学名誉教授を務め、日米通商100周年記念の切手を「郵趣」で批判していたていた井上清や、羽仁進の父羽仁五郎といった左翼系の「歴史学者」のほうでしてからね。我々が一番気をつけなければならないのは、このような反日思想を持つ日本人なのです。
【2008/08/30 16:02】 URL | 大津太孝 #- [ 編集]


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プロフィール

内藤陽介 (ないとう・ようすけ)

Author:内藤陽介 (ないとう・ようすけ)
 1967年、東京都生。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会員。切手の博物館・副館長。切手などの郵便資料から、国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続けている。
 主著:<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵趣出版、現在、第6巻まで刊行)、『北朝鮮事典』、(竹内書店新社)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『切手と戦争』(新潮新書)、『反米の世界史』(講談社現代新書)、『皇室切手』(平凡社)、『これが戦争だ!』(ちくま新書)、『満洲切手』(角川選書)、『香港歴史漫郵記』(大修館書店)、『タイ三都周郵記』(彩流社)ほか著書多数。最新作は『韓国現代史:切手でたどる60年』(福村出版)

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