内藤陽介 Yosuke NAITO
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 フジヤマのトビウオから60年
2008-08-11 Mon 14:29
 北京のオリンピックは、昨日から今日にかけて、柔道男子66キロ級の内柴正人が金、女子52キロ級で中村美里が銅、そして、競泳男子100メートル平泳ぎで北島康介が世界新記録で金メダルを獲得しました。というわけで、メダル獲得競技シリーズの第2弾です。柔道の切手は昨日の記事で取り上げましたので、今日は水泳の切手をご紹介しましょう。(画像はクリックで拡大されます)

 第3回国体(夏季)

 これは、1948年9月、第3回国民体育大会(国体)・水上大会(当時は夏季大会のことをこう呼んでいた)の記念切手で、水泳選手が描かれています。

 1948年8月、戦後最初のオリンピックとなったロンドン五輪が開催されましたが、敗戦国日本の参加は認められていませんでした。このため、日本水泳連盟は、オリンピックの水泳競技が行われる8月8日、東京の神宮プールで日本選手権を開催。オリンピック記録よりも好記録を出して実力世界一を示そうとしました。

 その結果、400メートル自由形で、オリンピック優勝タイムが4分41秒0であったのに対して、当時日大生の古橋廣之進が当時の世界記録(4分35秒0)を更新する4分33秒4というタイムをマークし、敗戦に打ちひしがれた日本国民に大きな希望を与えたことは広く知られています。

 第3回国体の夏季大会は、こうした古橋フィーバーの真只中で、1948年9月16日から19日まで、福岡県八幡市(現在は北九州市八幡)の大谷プールを会場として開催され、会期1週間前の9月9日、今回ご紹介の記念切手が発行されました。

 なお、この切手のシート上部には、「第三回國民体育大會記念 THE THIRD NATIONAL ATHLETIC MEETING」と和英両文表記の題字が入っていますが、これは、第3回国体の招致をめぐって、東京都と福岡県が激しい誘致合戦を展開した際、福岡県側が地元の占領当局を動かして大会開催を勝ち取ったことと無縁ではないのかもしれません。

 さて、今回ご紹介の切手に関しては、当時、切手に描かれているのは古橋ではないかとの噂が流れましたが、逓信省側は「この切手はたゞ單に水泳を現したものであつて特定の個人を描いたものではない」と噂の否定に躍起になっています。もっとも、古橋を描くと誤解されたことで切手じたいの評判が高まったかというと、事実は全く逆で、当時の郵趣雑誌は「將に水に溺れんとするあがきか、或ひは泥沼をもがきつゝあるか」(『郵趣』)とか、「肥溜へ落ちてもがいている圖」(『京都寸葉』が紹介した三島良績の評)といった具合に、評判は散々でした。実際、逓信省側も、「殘念な事には資料の不足と資材の貧困はこの切手をして成功の部類に入れる事が出來なかつた」として、失敗を認めています。

 なお、いまから60年前の第3回国体に関しては、夏季大会のほか秋季大会の記念切手も発行されていますが、それらについては、拙著『濫造・濫発の時代』で詳しく解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご一読いただけると幸いです。

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