内藤陽介 Yosuke NAITO
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 大韓民国60年
2008-08-15 Fri 10:41
 昨日は北京五輪で、内村航平が体操男子個人総合で銀メダルを獲得したので、体操切手を持ってこようかとも思ったのですが(いずれ、機会を見つけて何か紹介します)、まぁ、今日ばかりは『韓国現代史:切手でたどる60年』の著者として、この切手を取り上げないわけにはいかないでしょう。(画像はクリックで拡大されます)

 大韓民国政府樹立(ムクゲ)

 これは、いまから60年前の1948年8月15日、大韓民国政府の正式樹立を記念して発行された切手の1枚で、韓国の国花・ムクゲが取り上げられています。

 日本の敗戦後、連合国軍最高司令官一般命令第1号により、朝鮮は米ソにより北緯38度線で南北に分割占領されます。これは、当初はあくまでも暫定的な措置とされていましたが、その後、東西冷戦の進行により、5年間を限度とする信託統治の後、南北統一の政府を樹立するというモスクワ協定(1945年12月)のプランは実現が困難になっていきます。

 米ソ間の調整が難航する中、アメリカは自力での問題解決をあきらめ、1947年9月17日、朝鮮問題を第2回国連総会に上程。国連臨時朝鮮委員会を設置し、1948年3月末までに、同委員会の監視下に総選挙を実施するとの決議を採択させます。

 しかし、すでに北朝鮮のソビエト化をほぼ完成させていたソ連は、朝鮮半島からの米ソ両軍の同時撤兵を主張。選挙監視のために国連委員会が北緯38度線以北に立ち入ることを拒絶しました。このため、1948年2月、国連総会中間委員会は、“選挙の可能な地域”、すなわち南朝鮮での単独選挙を決議。こうして、同年5月10日、米軍政下の南朝鮮で第1回総選挙が実施されました。

 この選挙結果を受けて、5月31日、大韓民国の正式成立に先立ち、憲法制定を最大の目的とする国会が開院。李承晩が議長に選出され、6月10日には国会の組織・運営方法等を正式に定めた南朝鮮国会法を制定し、同25日には国連の臨時朝鮮委員会も正式に南朝鮮国会の成立を認定します。そして、7月17日の憲法制定を経て、24日には李承晩が大韓民国の初代大統領に就任。8月15日の解放3周年にあわせて、大韓民国政府が正式に樹立され、翌16日午前零時をもってアメリカ軍による南朝鮮の軍政は解消されることになります。

 なお、新たに発足した韓国政府の主要メンバーは以下のとおりでした。

 大統領   李承晩
 副大統領  李始栄
 国務総理  李範奭
 内務部長官 尹致暎
 外務部長官 張沢相

 その後、現在にいたるまでの韓国の歴史は、まさに激動の60年間と呼ぶべき展開を辿っていきます。そうした歴史の物語を、切手を片手に眺めてみたのが、最新の拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』です。もともとが新聞連載のコラムをまとめたものなので、各項目は見開き2ページの読みやすい構成になっております。韓国史の本というと、これまでは政治的な主義主張が強すぎて、フツーの日本人にとっては読みづらいものが多かったように思うのですが、本書は、そうした点でもバランスの取れた記述を目指しましたので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。

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