内藤陽介 Yosuke NAITO
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 広州陥落70年
2008-10-21 Tue 13:02
 日中戦争下の1938年10月21日に日本軍が広州を占領してから、今日でちょうど70年です。というわけで、今日はこんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 華南占領カバー

 これは、1942年11月19日、日本軍占領下の広州から差し出されたカバーで、“粤區特用”との加刷が施された切手が合計3分貼られています。

 日中戦争の時代、日本軍は中国の各都市を占領しましたが、これらの占領地では、1941年まで中華郵政の切手がそのまま使われていました。日中戦争は宣戦布告なくして始まった“事変”であり、日本軍が占領していた地域に関しても、建前としては“中国”(ただし、日本側のいう中国とは、重慶の蒋介石政権ではなく、日本軍が現地に樹立した親日派政権のことですが)の主権下に置かれていることになっていたからです。

 しかし、戦争の長期化とともに、各地域の通貨事情は大きく変容し、中国全土で同じ切手を使い続けることには無理が生じてきました。

 すなわち、日中戦争勃発以前の中国大陸では、中国国民政府の法定通貨である法幣(イギリス・アメリカの支援の下、スターリング・ポンドと実質的にリンクしていた)とは別に、華北では朝鮮銀行券(朝銀券)が、華中では日本銀行券(日銀券)が、それぞれ影響力を持つ外貨として流通していました。当初、日中間の軍事衝突は短期間に終わるものと考えていた日本側は、日銀券や朝銀券を持ち込んで、必要な物資を調達すればよいと考えていましたが、戦争の拡大に伴い、占領地域でそのまま日銀券や朝銀券の流通を継続・拡大すると、日本ならびに朝鮮にそれらの紙幣が還流し、国内にインフレをもたらす懸念が生じます。

 そこで、1938年3月、華北の日本占領地域では中国連合準備銀行(連銀)が樹立され、朝鮮銀行券の代わりに連銀券が流通することになりました。一方、華中では日銀券に代わり、軍票の流通を拡大するという政策が採られます。

 1938年10月以降、日中の戦闘は膠着状態に陥り、戦争は経済戦の側面が大きな比重を占めるようになってきます。その際、法幣に対して、日本側は連銀券と軍票で物資の争奪戦を展開しなければなりませんから、日本側は、必要に応じて、軍票と法幣との交換レートを調整するための“為替介入”を行ったり、繊維製品、薬品、砂糖、穀物、肥料などと軍票との交換に応じて、軍票でも自由にモノが買えるという環境を整えようとしました。

 こうした価値維持工作が一定の成果を挙げ、太平洋戦争の開戦以前、華中・華南の日本軍占領地域では、軍票は曲がりなりにも基軸通貨としての機能を果たしています。しかし、中国大陸全体から見れば、軍票経済圏はきわめて限定された地域でしかありませんでしたから、結果として、日本側は法幣経済圏との交易に頼らざるを得ず、軍票は米英に支えられていた法幣と共存する以外の選択肢はありませんでした。

 ところが、1941年3月、上海でのテロ事件がきっかけに、法幣の価値は急速に下落。南京の汪兆銘政権の中央銀行である中央儲備銀行の発行する儲備銀行券(儲備券)との交換レートで見ると、当初、法幣は儲備券に対して優位を保っていましたが、1941年末には法幣と儲備券はほぼ等価となり、さらに、両者の立場は逆転しています。くわえて、おりからの戦時インフレとあいまって、法幣は急速にその価値を失い、国民政府の支配地域では猛烈なインフレが進行していきました。

 一般には、敵国がハイパー・インフレに見舞われて、敵国通貨の購買力が低下することは好ましいことなのですが、法幣経済圏に包囲され、実質的に法幣とリンクしなければ物資が調達できなかった日本軍の占領地域では、法幣に引きずられて軍票の対外相場が下落し、最終的に日銀券の下落へとつながっていくことが恐れがありました。

 こうした状況の下でも、郵便に関しては“中華郵政”の名の下に統一的に行われていたから、従来どおり、法幣と連銀券、儲備券を等価で扱って郵便サービスを提供すれば、日本軍の占領地域は大幅な為替差損を被ることになります。現に、法幣の価値が下がるや否や、法幣で購入した切手を連銀券や儲備券、日本軍の軍票などと交換して差益を得る投機が横行するようになり、深刻な問題となっていました。このため、1941年7月以降、日本軍の占領地域では、順次、従来からの中華郵政の切手に切手の販売地域を特定するための加刷が行われるようになったというわけです。

 今回ご紹介のカバーに貼られている切手も、そうした事情から、華南地区限定(より具体的には、広州を中心とした珠江デルタ地帯と汕頭などの沿岸、海南島)のものとして“粤區特用”の加刷が施されたものです。ちなみに、“粤區特用”の加刷切手は1942年6月13日に発行されたものの、加刷の文字が小さく見づらかったため、同年11月10日、あらためて“粤省貼用”と大きな文字で加刷した切手が発行・使用されるようになりました。

 なお、このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でも、香港と広州との関係から詳しくご説明しておりますので、よろしかったら、ご一読いただけると幸いです。

 イベントのご案内

 11月1日(土)-3日(月・祝) 全国切手展<JAPEX>

 ことしも、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館と目白の切手の博物館の2ヶ所で開催します。今年の目玉は、何といっても“満洲・東北切手展”ですが、トーク関係での僕の出番は、以下のとおりです。

 11月1日(土)
  13:00 “満洲・東北切手展”特別シンポジウム(池袋会場)
  16:00 特別対談「満洲における写真、絵葉書、郵趣」(池袋会場)
 11月2日(日)
  13:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)
  15:00 中公新書ラクレ presents 『大統領になりそこなった男たち』刊行記念トーク(池袋会場)
 11月3日(月・祝)
  11:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)

 トークそのものの参加費は無料ですが、<JAPEX>への入場料として、両会場共通・3日間有効のチケット(500円)が必要となります。あしからずご了承ください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。


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