内藤陽介 Yosuke NAITO
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 メッカ巡礼の切手
2008-12-07 Sun 22:51
 毎年イスラム暦12月のズー・ル・ヒッジャ(巡礼月)の間に、全世界のムスリム(イスラム教徒)がサウジアラビアの聖地メッカを訪れる大巡礼が今日(12月7日)、クライマックスを迎えました。というわけで、メッカ巡礼がらみのネタということで、こんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 巡礼記念

 これは、1925年7月1日(イスラム暦では1343年ズー・ル・ヒッジャ月9日に相当)、現在のサウジアラビアの前身にあたるイブン・サウード政権がメッカ大巡礼を記念して発行した切手です。

 第一次大戦中の1916年に起こったアラブ反乱以来、メッカとメディナの両聖地を含むアラビア半島の紅海沿岸地域は、オスマン帝国時代、メッカの太守であったシャリーフ・フサインのヒジャーズ政権の支配下に置かれていました。しかし、1924年8月、ナジュド(アラビア半島中央部)のスルタンであったイブン・サウードの軍がヒジャーズに侵攻。ヒジャーズ側は敗退を重ね、翌1925年12月には、最後まで残っていたメディナとジェッダが相次いで陥落し、イブン・サウードはヒジャーズをも支配下に収めます。

 イブン・サウード政権が基盤としていたナジュドでは、オスマン帝国時代の1902年から1916年にかけてオアシス都市のフフーフに郵便局が設置されましたが、この郵便局は周辺地域におけるオスマン朝のプレゼンスを示すことを目的として設置されたもので、その後も、ナジュドにおいて近代郵便制度が本格的に導入されたとはいいがたい状況が続いていました。また、第一次大戦中の1917年11月、この地に派遣されたイギリスの軍事使節団が野戦郵便局を設置したこともありましたが、この郵便局も翌1918年7月には閉鎖され、以後、ナジュドでは近代郵便制度は全く行われていません。

 このように、1924年にヒジャーズの主要部分を制圧した時点でのイブン・サウード政権は、郵政実務の体験はほぼ皆無であり、このため、当初、彼らは占領地域に郵便サービスを提供することができず、旧シャリーフ政権の郵政機関の接収が本格的に行われるようになったのは、戦闘による混乱がひとまず落ち着いた1925年3月以降のことでした。

 当初、イブン・サウード政権には独自の切手を発行するだけの余裕がなかったため、彼らは接収した切手類に「ナジュド・スルタン郵政:1343年」との加刷を施したものを発行しました。ただし、イブン・サウード政権の担当者は、各郵便局などに残されていた在庫を全て接収し、それらに対して無作為に加刷を行ったため、加刷の台切手には旧シャリーフ政権の切手のみならず、各種印紙やはなはだしくはオスマン朝時代の切手も用いられています。おそらく、当初、郵政実務の経験がなかった彼らは、旧シャリーフ政権とオスマン朝の切手や各種の印紙を区別するという認識はなく、あくまでも現実的かつ暫定的な措置として、こうした加刷切手を発行していたのでしょう。

 しかし、イブン・サウード政権は、次第に、加刷切手の発行が自らの存在や正統性を内外に誇示する手段であることを認識し、メディアとしての切手を活用していくようになります。今回ご紹介している切手はその顕著な例といえます。

 すなわち、この年の大巡礼は、イブン・サウード政権にとって、メッカの実効支配者としての地位をイスラム世界に広く認知させるうえで、きわめて重要な意味を持つものでした。この重要なイベントにあわせて、彼らが切手上に施した加刷の表記は「ナジュドのスルタン統治下での最初の大巡礼記念:1343年」となっており、切手を通じて“ナジュドのスルタン”が聖都メッカの守護者としての正統性を有していることを訴える内容となっています。

 さて、今回のメッカ大巡礼に関しては、パレスチナ自治区ガザを支配している強硬派のハマスが、穏健派ファタハとの対立から、ガザ住民のメッカ巡礼を阻止し、自治政府のアッバス議長が「このような事態はパレスチナの歴史で初めてだ。イスラエルでさえ巡礼を妨害しなかった」と述べてハマスを批判しています。メッカ大巡礼はムスリムにとってきわめて重要な意味をもつものだけに、それが政治的に利用されるという状況は、いまも昔も変わらないということなのでしょうか。
 

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