内藤陽介 Yosuke NAITO
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 アラブの都市の物語:ベイルート拾遺
2005-06-12 Sun 01:15
9日の日記でNHKラジオの中国語講座のテキストで連載している「外国切手の中の中国」の話を書きましたが、おなじくNHKのアラビア語講座のテキストで「切手に見るアラブの都市の物語」という連載も持っています。

 中国語のテキストは月刊でアラビア語は隔月刊ですが、いずれも、発売日は18日なので、2ヶ月に1度は、中国語の原稿を出したら、すぐにアラビア語の原稿をつくらねばならないというスケジュールになっています。(中国語の原稿を先に出すというのは、単純に、編集部からの督促が早いという理由です)

 「切手に見るアラブの都市の物語」は、タイトルの通り、毎回、アラブの都市を一つ取り上げて、その歴史や文化、特色などを、切手や郵便物を用いて紹介するというもので、去年の4・5月号からスタートしました。いままでに取り上げたのは、バグダード、カイロ、ドバイ、ダマスカス、サナア(イエメン)、エルサレム、アルジェ、マナーマ(バハレーン)の8都市。今回は、シリア軍のレバノンからの撤退が話題になっていることでもありますし、7月18日発売の8・9月号では、ベイルートを取り上げることにしました。

 で、その原稿に使いそこなったモノ(↓)がありますので、今日の日記でご紹介します。

PFLP

 ご注目いただきたいのは、カバー(封筒)の左側に貼られているラベルです。

 これは、PLO(パレスチナ解放機構)の非主流派で、過激な武装闘争路線を掲げていたPFLP(パレスチナ民族解放戦線)の作った宣伝ラベルで、旅客機の爆破を成功させた同志をたたえるデザインとなっています。封筒の左側には、パレスチナ解放闘争への支持を訴えるイラストとアラビア語の文言も印刷されており、プロパガンダ色の非常に濃厚な一品です。

 1970年9月、ヨルダン政府と対立して弾圧され、ヨルダンを追われたPLOは、1982年にイスラエルによるベイルート包囲によってテュニスへの撤退を余儀なくされるまで、ベイルートを拠点に反イスラエル闘争を展開していました。その一環として、PFLPやアラファトの組織であるファタハなどは、自らの存在と主義主張をアピールするため、切手状のラベルを作成。支持者たちはそれらを郵便物に貼ることで、彼らのプロパガンダ戦略の一翼を担っていました。ただし、これらのラベルは、所詮はラベルですから、切手としての効力はなく、郵便物を差し出す場合には、別にレバノン政府が発行した切手を貼らなければなりませんでした。

 今回のカバーは、数年前、PFLP関連のモノということで手に入れたもので、つい先ほど原稿を書くまで、ベイルートから差し出されたものとばかり思い込んでいました。そして、今回、ベイルートの物語を書くに当たって、かの地での反イスラエル闘争の一端を示すものとして、「アラブの都市の物語」でも使おうと考えていました。

 ところが、消印をよく見ると、(レバノンの)トリポリとなっているではありませんか!そこで、今回の仕事では、デザインがはるかに大人しいファタハのラベルを貼ってベイルートから差し出されたカバーを使うことにして、PFLPは泣く泣く、引っ込めることにしました。もっとも、NHKの教育番組のテキストですから、このカバーみたいに、どぎつい(絵的にはどことなく素朴な感じが漂っていないわけでもありませんが)ものは、編集部で没にされてしまったかもしれません。

 いずれにせよ、せっかく探し出してきたので、このまま、かび臭い僕の書斎でまた埋もれさせてしまうのは、ちょっともったいない気がしたので、この日記に登場させて見たという次第です。
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