内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ボーア戦争の風刺絵葉書
2009-05-07 Thu 22:45
 来年のサッカーW杯開催国の南アフリカで、きのう(6日)、今年4月の総選挙で過半数を制した与党・アフリカ民族会議(ANC)の議長、ジェーコブ・ズマ氏が新大統領に選ばれました。というわけで、南アフリカがらみのネタは何かないかと探してみたところ、こんなモノが見つかりました。(画像はクリックで拡大されます)

 ボーア戦争絵葉書  ボーア戦争絵葉書(裏)

 これは、1900年にドイツで使われた風刺絵葉書で、当時、(第2次)ボーア戦争の泥沼にはまり込んでいたイギリスを皮肉る風刺画が描かれています。

 1886年、ヨハネスブルク近郊で金鉱が発見されると、当時、この地域を支配していたボーア人(オランダ系移民)のトランスヴァール共和国は、多くの企業を誘致し地代を負担させることで大きな利益を上げるようになりました。これに目をつけた大英帝国は、1899年、「ボーア人は黒人奴隷を虐待しているから、ボーア人の専制体制から黒人を救うのだ」との大義面分を掲げて、トランスヴァールと隣接するオレンジ自由国への侵略戦争を開始しました。

 50万もの大軍を投入するイギリスに対して、ボーア人はゲリラ戦術で激しく抵抗。大苦戦を余儀なくされたイギリスは、ボーア人ゲリラに対する食糧補給を断つべく、ボーア人の婦女子を強制収容所に隔離するなど、なりふり構わぬ戦術を展開しました。ちなみに、後にヒトラー政権はユダヤ人の収容所に“強制収容所”との名前を付けていますが、これは、ボーア戦争時のイギリスの先例に倣ったものと言われています。

 イギリスによる“汚い戦争”に対しては、当然のことながら、国際的な非難が集中しました。今回ご紹介の葉書も、そうした状況の下で、トランスヴァールとオレンジ自由国の抵抗で苦戦するイギリスを揶揄する内容のイラストが描かれています。

 最終的に、戦争は1902年にイギリスの勝利で終わり、トランスヴァールとオレンジ自由国はこの世から姿を消すことになります。しかし、戦勝国となったイギリスのダメージも大きく、以後、大英帝国は次第に衰退の道をたどっていくことになるのです。


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