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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 マカオに来ています
2009-05-13 Wed 08:12
 きのう(12日)、作品の搬入をすませた後、あす(14日)の切手展オープンまではまるまる1日余裕があるので、マカオ1泊旅行にやってきました。というわけで、今日はこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 中国ポルトガル共同宣言   媽閣廟  

 これは、1987年に「マカオ問題に関する中葡共同声明」が調印されたことを受けて、中国が発行した記念はがきで、左側にはマカオのシンボルともいうべき媽閣廟の写真が印刷されています。切手と同じような角度から写真を撮ってみたのですが、屋根などが修復されていたり、赤い提灯がぶら下がっていたり(そのため、媽閣廟の文字の一部が見えません)して、20年前とはかなり雰囲気が違っています。

 1984年12月19日、香港返還を決めた英中共同声明が署名されたことを受けて、マカオ問題に関する中国とポルトガルの交渉が開始されたのは1986年のことです。そして、翌1987年4月、マカオは中国の領土であり、ポルトガルは1999年12月19日までマカオの行政管理責任を有し、中国は翌20日にマカオに対し主権を回復することを定めた中葡共同声明が署名されました。中華人民共和国の特別行政区なったマカオが、以後50年間、ポルトガル領時代の社会・経済制度が維持されるとされたのは、香港の場合と同様です。

 さて、葉書の左側に取り上げられている媽閣廟は、中国南部や台湾などで広く信仰されている航海の女神“阿媽”を祀ったマカオ最古の中国寺院です。寺院の由来については、次のような伝説があります。すなわち、その昔、福建から広東に旅立つ船団の一隻が、お金がなく乗船を断られた娘を乗せてやったところ、娘を乗せた船だけが途中の嵐にも遭難せず、無事にマカオにたどり着きました。マカオ到着後、船乗りがふと見ると、娘の姿はそこにはなく、やがて女神の姿となって陸に現れたので、その場所に媽閣廟が建てられたそうです。

 廟の正門をくぐると、階段に沿って、正殿、正覚禅林殿、弘仁殿、観音閣の4つのお堂が建っており、正殿、正覚禅林殿、弘仁殿には阿媽と道教の神が、一番上の観音閣は仏教の観音が祀られています。なお、“媽閣廟”を広東語で発音すると「マァコッミュウ」となることから、16世紀にこの地を訪れたポルトガル人が、これを地名と勘違いしたことが、現在のマカオの地名の由来となのだとか。

 さて、きょうはこの後、マカオの世界遺産なんかをのんびり見物した後、夕方からは年に一度のカトリックの宗教行事“ファティマ聖母の行列”(実はこれが見たくて、マカオに来たのです)を見てから香港に戻る予定です。
 
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