内藤陽介 Yosuke NAITO
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 泰国郵便学(2)
2009-06-14 Sun 17:31
 財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第43巻第3号が出来上がりました。僕の担当している連載「泰国郵便学」は、今回はラーマ5世時代のいわゆるチャクリー改革で誕生した中央省庁について取り上げました。その中から、今日はこんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

 国防省108年

 これは、1995年に発行された“国防省108年”の記念切手で、国防省の庁舎とラーマ5世が描かれています。

 1852年、第2次英緬戦争でイギリスが海に面した下ビルマを併合したことに衝撃を受けたラーマ4世は軍制改革に乗り出し、歩兵・砲兵・海兵隊からなる常備軍を組織しました。これが、タイにおける近代軍隊のルーツとされています。

 その後、軍制改革はラーマ5世の時代にも引き継がれ、制度改革を経て、1874年には現在のタイ陸軍が創設されました。そして、行政機構改革の一環として、1887年4月8日、それまで主として南部国境の守備・防衛を統括していたカラーホームの組織を再編するかたちで、常備軍を指揮・監督する機関として国防省が設立されます。

 今回ご紹介の切手に取り上げられている国防省の庁舎は、もともとは、首都防衛の任にあたる兵士たちの兵営ならびに武器庫として建設されたもので、1884年7月18日に完成しましたが、国防省の設立とともに、同省の庁舎として転用されたものです。

 さて、記念切手は、その108周年を記念して発行されていますが、108周年というのは、我々の感覚からすると非常に中途半端な年回りのように感じられるます。

 たしかに、10の倍数や25の倍数のみならず、12の倍数もまた周年の節目となるタイでは、12×9(1ケタの最大の数)ということで108周年というのも記念すべき年になりうるのだが、この記念切手以外に、創立108周年の記念切手が発行された例は現在まで存在しません。なお、国防省の創立100周年にあたる1987年には、5月27日に“空軍創立72周年”(これも12の倍数です)の記念切手が、8月5日には“士官学校100周年”の記念切手がそれぞれ発行されていますが、国防省そのものの100周年記念切手は発行されていません。

 それだけに、1995年に国防省108周年の記念切手が発行された背景には、やはり、1992年の“血の5月事件”(1991年の陸軍によるクーデターの首謀者であったスチンダー・クラープラユーンが1992年に首相に就任すると、これに反発し、民主化を求めた国民が、5月17日、バンコクを中心に大規模な抗議デモを展開。軍がデモ隊を武力で弾圧し、300名以上の死者が出た事件。国王の仲裁により沈静化された)以降の社会状況が反映されているように思われます。

 “血の5月事件”の結果、スチンダー・クラープラユーン率いる軍事政権は退陣し、第2次アーナン・パンヤーラチュン政権が発足します。次期総選挙までの暫定政権として発足したアーナン政権は、軍の政治介入に対する国民の不満を背景に、国営企業役員への軍人就任を制限するなど、軍の政治への影響力を低下させる政策を行いました。そして、1992年9月の下院総選挙を経て誕生したチュアン・リークパイの文民政権もまた、そうしたアーナン政権以来の路線を継承し、軍に対する一定の配慮は示しつつも、中道リベラルの政策を推進しています。

 ところで、タイでは現実には国防省の文民官僚よりも武官、特に陸軍の幕僚が大きな力をもっていますが、制度的には、陸・海・空の三軍は国防省のタイ王国軍最高司令部の下位組織でしかなく、その最高司令部は文民(ただし、退役軍人はタイでは文民の扱いです)の国防大臣の指揮下に置かれています。もちろん、閣僚としての国防大臣は首相の指揮下に置かれていますし、首相が軍を動かすためには、“国家、仏教、国王および民主主義”という国家の基本を守るために緊急の必要があると、国軍の最高指揮官である国王が判断し、命令を下さなければなりません。

 したがって、すくなくとも制度上は、軍の一部がクーデターを起こそうとしても、文民の国防大臣や首相がそれを封じ込めることは十分に可能ですし、彼らの職責という点でいえば、そうしなければならないことになります。クーデターという軍の暴走によって、幾度となく民主化が妨げられてきた経験をもつタイ国民にとって、“血の5月事件”の結果、軍がともかくも政治の表舞台から退いた(ように見える)ことは歓迎すべきことであり、そうした状況を維持していくためには、政治におけるシビリアン・コントロールを十分に機能させていく必要があります。

 だとすれば、“血の5月事件”を経て誕生したチュアン文民政権にとって、シビリアン・コントロールの要ともいうべき国防省の持つ意味は従来以上に強調されてしかるべきであり、その一環として、国防省関連の記念切手を発行することは自然な発想だったのではないでしょうか。

 一方、国防省創立100周年にあたる1987年の時点で政権を担当していたプレーム・ティンスーラーノンは陸軍司令長官を務めた生粋の軍人でした。プレーム本人は権力には恬淡としており、議会制民主主義の原則を重視し、中庸の政治スタイルを取っていました。それでも、プレームが軍人政治家であることには変わりがありませんでしたし、軍の政治に対する影響力は依然として絶大なものでした。したがって、プレーム時代のタイ政府の発想としては、官僚組織としての国防省よりも、実際の戦闘部隊としての空軍や、軍人を育成するための士官学校のほうが、周年記念切手の対象としてより重要性があると判断されたのでしょう。

 国防省に関する記念切手が、創立100周年にあたる1987年にではなく、108周年にあたる1995年に発行された背景には、以上のような、“血の5月事件”を挟んでのタイ社会の変化を読み取ることも可能なように思われるます。

 なお、今回の記事では、他にも国政協議会と外務省の周年記念切手を取り上げ、“血の5月事件”前後のタイ社会の変化について分析してみました。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

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