内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ヴェルサイユ条約90年
2009-06-28 Sun 21:23
 1919年6月28日に第一次大戦の講和条約としてヴェルサイユ条約が調印されてから、きょうでちょうど90年です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ウルグアイ・第一次大戦平和

 これは、ヴェルサイユ条約の調印を受けて南米のウルグアイ(後述するように、最後の条約調印国です)が発行した「第一次大戦平和」のうち8センテシモ切手の試刷です。デザインは正規に発行されたものと同じですが、正規のものの刷色はオレンジブラウンと藍色で、今回ご紹介のものとは異なっています。今回ご紹介のものにはウォータールー&サン社の“見本”加刷があり、パンチ穴も開いていますが、見本というよりは色校正のカラー・トライアルといったほうが良いかもしれません。

 さて、ヴェルサイユ条約は、第一次大戦に関する講和条約のうち、原則としてドイツと各国の間で締結された条約と言う体裁をとっています。このため、オーストリア=ハンガリーやオスマン帝国など他の中央同盟諸国とはそれぞれ、別の条約が調印されました。

 また、一口に連合国といっても、その内訳は、次のように分けられます。

・主要連合国:アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、日本
・協力諸国:ベルギー、ポルトガル、ルーマニア
・残り諸国:ボリビア、ブラジル、中国、キューバ、エクアドル、ギリシャ、グァテマラ、ハイチ、ホンジュラス、ヒジャーズ(サウジアラビアの前身)、リベリア、ニカラグァ、パナマ、ペルー、ポーランド、セルビア、クロアチア、スロベニア、シャム(タイ)、チェコスロバキア、ウルグァイ (ただし、中国は調印を拒否)

 このうち、条約の執行能力をもつのは主要連合国と協力諸国とされ、“残り諸国”(原語はThe Restです)はそれを待つことになっていました。日本と中国がともに“戦勝国”でありながら、旧ドイツ租借地の山東半島に関して、大戦中にこの地を占領した日本の権益が、中国の返還要求よりも優先されたのはこのためです。ちなみに、中国は大戦中に21ヶ条要求に屈し、すでに日本へのドイツ権益譲渡を認めていましたから、道義的にはともかく、条約上はそれを履行する義務があり、山東問題について講和条約という点から異議申し立てをすることは、国際法上はかなり無理があります。

 条約の調印は、現地時間の6月28日午後3時、ベルサイユ宮殿鏡の間でドイツの署名からスタートし、上記のリスト順(原則としてアルファベット順)に行われました。今回、ご紹介してるウルグアイは最後の調印国で、ウルグアイの調印を受けて、フランス首相のクレマンソーが「これで平和が達成された」と閉会を宣言。フランス国歌ラ・マルセエーズが演奏され、会議は終了しました。

 当時、連合諸国では“世紀のイベント”としてのベルサイユ条約調印に合わせて記念切手の発行を計画していましたが、報道されている会議の進行状況から、条約の調印は8月以降になりそうだというのが大方の予想でした。ところが、急遽、6月28日の条約調印となったため、各国ともに対応に追われ、7月以降、バタバタと記念切手が発行されることになりました。ちなみに、日本の記念切手発行は7月1日、今回ご紹介のウルグアイは7月15日です。

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