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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ヤシの巨人像
2009-11-08 Sun 10:29
 プロ野球の日本シリーズは、巨人の優勝で幕を閉じました。というわけで、新刊の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』にちなみ“巨人”ネタということで、こんな画像をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 クーザ像   クーザ(不発行)

 左の画像は、ルーマニアの古都ヤシの中心部・統一広場に建てられているアレクサンドル・イオアン・クーザの銅像です。画像を拡大していただくとよくわかるのですが、周囲を歩いている人やベンチの大きさと比べると、その“巨人”ぶりがよくわかろうというものです。もっとも、ただ単に銅像の画像をもってきただけでは“郵便学者・内藤陽介のブログ”にはなりませんので、その右側に、クーザの肖像の入った切手をもってきてみました。

 クーザは1820年、モルダヴィアの貴族の家に生まれ、1848年の反ウィーン体制革命の際には、ワラキア革命の若き指導者の一人として活躍し、政治犯として捕えられ、ウィーンに護送された経験の持ち主です。ルーマニア人国家としてのモルダヴィアとワラキアの統一を強く主張する彼は、次第に、内外に支持者を獲得し、特に、フランスのナポレオン3世や作家ヴィクトル・ユゴーらが熱心に彼を支援していました。

 1853年に勃発したクリミア戦争はロシアの敗北に終わり、1856年に講和条約として結ばれたパリ条約では、モルダヴィアとワラキアの両公国をロシアの影響下から切り離し、オスマン帝国の宗主権下に戻す代わりに、その政治形態は両国議会の意向を尊重することが決められます。これを受けて、1857年に行われた暫定議会の選挙では、両国統一派が多数派を獲得。そして、同年10月にヤシで開かれたモルダヴィア暫定議会では、①両国の自治と中立、②単一の“ルーマニア”国家としての両国の統一、③ヨーロッパの王族を君主に戴く立憲君主制の実施、などを盛り込んだ決議案を圧倒的多数で可決。同時期に行われたワラキア暫定議会も同様の決議を採択しました。

 しかし、列強諸国による7ヵ国会議はこの問題についての結論を先送りにしたため、1859年1月17日、モルダヴィア議会はクーザをモルダヴィア公として選出。さらに2月5日にはワラキア議会もクーザをワラキア公として選出し、両国はクーザを共通の君主に戴く“モルダヴィア=ワラキア連合公国”を結成、事実上の統一を達成します。当初、宗主国としてのオスマン帝国は連合公国の樹立に対して難色を示していましたが、1861年12月23日にはこれを承認。これを受けて、翌1862年2月5日、オスマン帝国の宗主権下で、ブカレストを首都とするルーマニア公国の成立が正式に宣言されました。

 さて、ルーマニア公となったクーザはミハイル・コガルニチャヌを登用し、教会財産の国有化、兵制改革、行財政組織の中央集権化、フランスをモデルとした法制改革、義務教育制度の導入、農地改革などの近代化政策に乗り出します。これらの改革によって既得権を失う保守派はこれに抵抗しましたが、クーザは、1864年5月、議会を解散して君主の権限を拡大しようとしました。

 そして、君主の権限を強化するための一環として、1864年には“ルーマニア”の国名を表示し、クーザの肖像を取り上げた切手の発行を準備します。このとき準備された切手は同図案の額面違い(色違い)で3種類あります。拙著では青の5パラレ切手を紹介したので、今回は、赤の20パラレ切手をもってきました。結局、この切手は発行されず、翌1865年には、別のデザインでクーザの肖像が入った切手が発行されることになります。

 しかし、クーザの強引な手法に反発した有力者たちは1866年2月11日の早朝、文字通りクーザの寝込みを襲い、退位の書類に署名させ、彼を廃位してしまいました。その後継の王となったのが、プロイセンのホーエンツォレルン家出身のカール(ルーマニア語ではカロル)1世です。なお、露土戦争の結果として、1878年、ルーマニア王国の正式な独立が国際的に承認されたため、カロルが初代のルーマニア国王となりました。

 一方、クーザはパリ、ウィーン、ウィスバーデンなどで亡命生活を送った後、1873年5月15日、ルーマニア王国の誕生を見ることなく、53歳の若さで亡くなりました。その遺体がヤシの三成聖者教会に埋葬されたのは、第二次大戦後のことです。

 さて、新刊の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』では、“クーザの都”ヤシについても1章を設け、その街並みと歴史についてもたっぷりとご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。ちょっと変わったオフ会あるいは忘年会としていかがでしょうか。当日は、僕のトークのほか、楽しいアトラクションを予定しております。

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。
 

 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★

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