内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 インドネシア独立承認60年
2009-12-27 Sun 22:14
 1949年12月27日にオランダがインドネシアの独立を承認してから、ちょうど60年になりました。というわけで、きょうは、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      インドネシア連邦成立

 これは、インドネシア連邦の正式独立(オランダによる独立承認)を記念して、1950年1月17日に発行された切手です。

 1945年8月15日、日本が降伏すると、2日後の8月17日、スカルノらインドネシアの民族主義者たちは、オランダ軍が再上陸してくる前に、機先を制してインドネシア共和国の独立を宣言しました。その後、9月4日にスカルノを首班とするインドネシア共和国が成立。また、独立宣言後の8月22日には人民治安団が政府布告によって結成され、政府は日本軍政下で結成された旧ペタ(郷土防衛義勇軍)系の将兵、兵補らに参加を呼びかけます。さらに、10月になって日本軍の武装解除のため、イギリス軍やオランダ軍が本格的に進駐してくると、スカルノらはこれに対抗すべく人民治安軍を組織しました。

 さて、オランダによるインドネシア再支配の試みは国際世論の批判もあって、次第に行き詰っていきます。そして、1949年8月23日からハーグでインドネシア独立に関する円卓会議が開催され、10月13日に両者の協定が成立。12月6-8日のオランダ議会でインドネシア独立が可決されました。ちなみに、インドネシア側では、戦乱の中で1947年初頭以来、議会が開催されていませんでしたので議員の招集に手間取り、14日になってようやく、オランダとの独立協定が承認されています。

 これを受けて、12月27日、アムステルダムのダム広場王宮でインドネシアの主権移譲式典が行われ、インドネシア独立運動の指導者であったハッタの挨拶に続き、オランダのユリアナ女王と両国首相が主権委譲公文書に調印。「傷つけられ、切り裂かれ、恨みと悔みの傷跡に覆われてはいますが、今やわれわれは隣り合わせになりました」というユリアナ女王の言葉をもって、対立の年月に終りが告げられました。

 今回ご紹介の切手は、これを受けて、1950年1月17日に発行されたものですが、同年6月には、同じ図案・同じ刷色・同じ額面で大きさを一回り小さくした切手も発行されています。なぜ、大きさだけを変えた切手が改めて発行されたのか、残念ながら、その理由は調べきれませんでした。どなたかご存知の方がおられたら、ご教示いただけると幸いです。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 下記の日程で、拙著『昭和終焉の時代』の即売・サイン会(行商ともいう)を行います。入場は無料で、当日、拙著をお買い求めいただいた方には会場ならではの特典をご用意しておりますので、よろしかったら、遊びに来てください。

 1月10日(日) 切手市場 於・桐杏学園(東京・池袋) 10:15~16:30
 詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★

  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結!

      昭和終焉の時代  『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込)

 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

 全国書店・インターネット書店(amazonbk1JBOOKlivedoor BOOKS7&Y紀伊国屋書店BookWebゲオEショップ楽天ブックスなど)で好評発売中!
スポンサーサイト

別窓 | インドネシア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< 広島も帝都だった | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  泰国郵便学(5)>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/