内藤陽介 Yosuke NAITO
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 バンコクの王宮前広場
2010-03-14 Sun 21:17
 タイのタクシン元首相の支持団体「反独裁民主統一戦線(UDD)」は、きょう(14日)、首都バンコクの王宮前広場を中心に大規模な反政府集会を開き、約10万人(UDD発表)の参加者がアピシット内閣の退陣と総選挙の実施を要求して気勢を上げました。というわけで、王宮前広場(サナーム・ルアン)を取り上げた切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       バンコク・王宮前広場(始耕祭)

 これは、1992年4月1日に発行された“農業省100年”の記念切手で、“農業の日”に王宮前広場で行われる始耕祭の様子が取り上げられています。

 バンコクのチャクリー宮殿の北側に位置する広場は、もともと、国王と王族の葬儀場だったという特殊な事情がありました。このため、この広場は王が亡くなると須弥山に住む神に戻るとのヒンドゥー神話に基づき、“須弥山の広場”を意味する“トゥン・プラーメン”と呼ばれていました。現在のように“サナーム・ルアン”と呼ばれるようになったのは、1855年、ラーマ4世が布告を発したことによります。

 この広場がまだ“トゥン・プラーメン”と呼ばれていたラーマ3世の時代、ここは一時的に田圃でした。国境地域の領有をめぐって、ベトナムがタイに宣戦を布告しようと使者をバンコクに遣わした際、国王が広場に稲を植えて迎え入れたためです。ベトナムの使者は、王宮の前でも食糧が作られているほどだからタイには兵糧の備えが十分あるはずだと報告し、本国はタイ領への出兵を断念したのだといわれています。

 この故事にちなみ、ラーマ4世の時代以降、王宮前広場では国王臨席の下、旧暦6月の上弦の月の日、牛の選ぶ餌によって稲の作柄を行う始耕祭が行われるようになりました。この祭りは、1932年の立憲革命の後、一時中断されたものの、1960年に復活しました。また、1980年以降、始耕祭の日は“農業の日”に指定されています。

 さて、今回のUDDによるデモに対して、アピシット首相は同日朝、デモ隊に秩序を呼びかける一方、バンコクや周辺地域に治安維持法を発令、約5万人の治安部隊を出動させ、不測の事態に備えています。日没までの時点では、デモ隊と当局との間の衝突は起こっていないようですが、UDDは明日(15日)正午を期限として要求が受け入れられなければ活動を激化させるとしており、緊張状態が続いているのが気がかりなところです。

 なお、切手に取り上げられたバンコク内の主なスポットについては、拙著『タイ三都周郵記』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ご覧いただけると幸いです。


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