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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 “首領様”新婚の地
2010-04-15 Thu 09:32
 きょう(4月15日)は金日成の誕生日ということで、北朝鮮では“太陽節”という民族最大の祝日に指定されています。というわけで、“首領様”がらみの切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      金日成と金貞淑

 これは、2002年3月15日に北朝鮮で発行された“偉大なる首領・金日成生誕90年”の小型シートの1枚で、切手部分には若き日の金日成とその妻・金貞淑(現在は、金正日にあわせて金正淑と表記されていますが、もともとは、同じ発音の貞淑です)の2ショット写真が取り上げられています。

 北朝鮮で“神”の地位を獲得した金日成の生涯については、いろいろと謎も多いのですが、現時点で確認されている資料によると、彼は1932-33年頃、当時のコミンテルンの一国一党原則に従い中国共産党(以下、中共)に入党し、中共の指導下で、豆満江沿岸で遊撃隊を組織して抗日武装闘争を展開。1935年2月には中共系の東北人民革命軍第2軍第2独立師第1団第3師隊長に就任し、1936年以降、中共系の東北抗日聯軍のメンバーとして抗日パルチザン闘争に従事していました。

 1937年、いわゆる普天堡戦闘で日本側警察部隊と交戦するなどの活躍(日本側から見れば、単なる強盗放火殺人事件ですが)をみせたものの、このころから日本側の弾圧は強化され、満州でのゲリラ活動は事実上不可能になっていきます。このため、1940年秋にはソ連領に逃れ、以後、ソ連極東方面軍の指導下で政治・軍事訓練を積み、ソ連極東方面軍歩兵第88特別教導旅団・第1教導営営長、中国共産党東北東組織特別支部局委員会常任委員、同委員会朝鮮工作団責任者などを歴任。ハバロフスク近郊のヴャツコエを拠点として日本の敗戦まで活動をしていました。

 一方、金貞淑は、1917年、咸鏡北道・会寧の生まれで、1932年、16歳で朝鮮共産主義青年同盟(パルチザン部隊)に炊事婦として入隊。後に東北抗日聯軍第2軍第6師(師長・金日成)の部隊付となりました。1940年末までにソ連領内に逃れますが、これと前後して金日成と結婚。1942年2月、ハバロフスク近郊のヴャツコエの野営地で金正日を生みました。

 なお、北朝鮮当局は、金日成がソ連領内に逃れて抗日闘争の訓練を受けていたという事実を隠し、終始、満州にとどまってゲリラ活動を展開していたと主張していますが、これは事実ではありません。また、息子の金正日も、金日成がソ連領内で訓練を受けていたときに生まれたことが確認されています。ただし、出生地については、上記のヴャツコエのほか、ウラジオストック近郊のオケアンスカヤという説もあります。

 今回ご紹介の切手の場合、1941年3月1日との日付が入っていますが、これが写真の撮影日だとすると、写真の撮影地はヴャツコエと考えるのが妥当だと思われます。

 ところで、僕は、一月ほど前、仕事でハバロフスクに行きましたが、その空き時間を利用して、金日成・金正日ゆかりの地であるヴャツコエにも足を延ばしてきました。

      ヴャツコエ(看板)

 ヴャツコエは、ハバロフスクと北部の工業都市コムソモリスク・ナ・アムーレを結ぶ幹線道路から少し入ったところにあり、ハバロフスク市内からは車で70-80分位かかりました。上の写真の看板は、幹線道路からヴャツコエへ入る角の所に立っているもので、下の数字の1859は、この地に入植者が入り、村ができた年だそうです。

      ヴャツコエ・バス停     ヴャツコエ・丸太小屋

 車一台分だけ雪かきされた田舎道を5分くらい進んでいくと、レンガ造りの小さなバス停があり(上の画像左)、その周囲に数軒の集落がありました。その近くには、丸太小屋もありました。(上の画像右)いまから70年ほど前に、金日成らが住んでいたのも、こんな感じの小屋だったのじゃないかと思います。さすがに、この小屋がその当時のモノというわけではないでしょうが…。

      ビヤツク・小川

 バス停の向こう側は一面の雪原が広がっていました。バス停の場所から車で3分ほど、少し坂を上ったところに、下の雪原方向へと降りる階段がありましたので、降りてみたところ、上の画像のように、小さな川が見えました。もともと、炊事婦としてパルチザン部隊に加わっていたという金貞淑は、この川で洗い物などをしていたのかもしれません。

 ヴャツコエには、都合、小一時間ほどいたのですが、いままで文書でしか知らなかった土地を実際にこの目で見てみると、いろいろとイマジネーションが膨らみます。いずれ、ハバロフスクの“漫郵記”を書く機会があれば、その番外編として、ヴャツコエ訪問記も付け加えてみたいと思っています。       
 

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