内藤陽介 Yosuke NAITO
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 暁の寺
2010-11-25 Thu 20:27
 三島由紀夫が1970年11月25日に市谷で自決してから、きょうでちょうど40年です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        タイ1905年シリーズ

 これは、タイの1905年シリーズの3アッタース切手で、国王の肖像を描いたメダルをタイ人の子供2人が捧げ持ち、背後に三島由紀夫の「暁の寺」で有名なワット・アルンが描かれています。このブログでも、いままで、この切手を台切手とした加刷切手はご紹介したことがありますが、無加刷切手は取り上げたことがありませんでしたので、この機会にご紹介することにしました。

 ワット・アルンはアユタヤ王朝時代に建立されましたが、当初は、ワット・マコークと呼ばれる小さな寺にすぎませんでした。それが、トンブリー王朝時代の1779年、タークシン王の部将だったチャオプラヤー・チャクリーがビエンチャンから戦利品として持ち帰ったエメラルド仏を祀る王室寺院となって一挙に寺格が上昇。その後、1782年にラタナコーシン王朝を開いたチャオプラヤー・チャクリーは王都を対岸に移し、エメラルド仏も王宮内の寺院に移りましたが、続くラーマ2世の個人的な保護を受け、1820年、ヒンドゥーの暁の神、アルーナにちなんで、ワット・アルンラーチャターラームと改称されました。現在の名前になったのはラーマ4世の時代のことです。

 寺院のシンボルとなっている大仏塔は19世紀に入り、ラーマ2世の時代になってから建設が始まり、次のラーマ3世の時代になって完成しました。水面からの高さ75メートル。中心の大塔を4つの小塔が取り囲む構造は、須弥山(仏教の世界観で世界の中心にそびえる山)を表現したものだといわれており、大塔の表面は色鮮やかなタイルで覆いつくされています。

 三島由紀夫の小説『暁の寺――豊饒の海 三』では、チャオプラヤー川から望む大仏塔の姿は以下のように描写されています。

 近づくにつれて、この塔は無数の赤絵青絵の支那皿を隈なく鏤めているのが知られた。いくつかの階層が欄干に区切られ、一層の欄干は茶、二層は緑、三層は紫紺であつた。嵌め込まれた数知れぬ皿は花を象り、あるひは黄の小皿を花心として、そのまはりに皿の花弁がひらいてゐた。あるひは薄紫の盃を伏せた花心に、錦手の皿の花弁を配したのが、空高くつづいてゐた。葉は悉く瓦であつた。そして頂きからは白象たちの鼻が四方へ垂れてゐた。
 塔の重層感、重複感は息苦しいほどであつた。色彩と光輝に満ちた高さが、幾重にも刻まれて、頂きに向かつて細まるさまは、幾重の夢が頭上からのしかかつて来るかのやうである。すこぶる急な階段の蹴込も隙間なく花紋で埋められ、それぞれの層を浮彫の人面鳥が支へている。一層一層が幾重の夢、幾重の期待、幾重の祈りで押しつぶされながら、なほ累積し累積して、空へ向かつて躙り寄つて成した極彩色の塔。
 メナムの対岸から射し初めた暁の光を、その百千の皿は百千の小さな鏡面となつてすばやくとらへ、巨大な螺鈿細工はかしましく輝きだした。

 さて、今回ご紹介の切手は、1905年12月から使用されたもので、前シリーズの1899年シリーズ同様、ドイツ・ライプツィヒのギーゼッケ・ウント・デヴリエント社で製造されました。

 ちなみに、この切手は、仏教関係の題材を取り上げた世界最初の切手です。タイは1893年以降、世界各国に対してタイ文字版『三蔵経』の配布を開始し、タイにも西洋キリスト教社会の『聖書』に匹敵する精神的支柱が存在することを示すとともに、自国の近代性をアピールしようとしていますが、この切手の発行も、こうしたタイの宣伝戦略の延長線上にあったとみなすことができます。

 なお、ワット・アルンとその切手については、切手紀行シリーズ第1巻の拙著『タイ三都周郵記』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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この記事のコメント
#1900 三島も草葉の陰で泣いている
三島が自殺した時は未だ子供だったのでその動機や思想的な背景を理解する事は出来ませんでしたが、週刊誌のグラビアに切腹した後介錯されて床に生首が転がっている衝撃的な写真が載っていたのを覚えています。三島が自殺した当時は今と違って左翼的思想へのシンパシーが強く、三島の主張は右翼の真似事か軍隊ゴッコぐらいにしか思われていなかったのは時代が早過ぎたのでしょうか。しかし、三島も今生きていたら中国や北朝鮮に翻弄され、オロオロするばかりの情けない日本の姿に悲憤し、それこそ死をもって抗議したくなるでしょう。
2010-11-26 Fri 10:23 | URL | アルファ #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
 ・アルファ様

 いま三島が決起を促したら、きっと行動を共にする人が出て来たんだろうなぁ、と考えずにはいられない今日この頃です。 
2010-12-02 Thu 23:00 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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