内藤陽介 Yosuke NAITO
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 戦時下・占領下のクリスマス:ガダルカナル-1942年
2005-12-24 Sat 17:29
 今日はクリスマス・イブです。というわけで、気まぐれに続けてきた“戦時下・占領下のクリスマス”のシリーズも、とりあえず、今年は今日で打ち止めにするということで、こんなものを引っ張り出してみました。

 ガダルカナル

ガダルカナル中1

ガダルカナル中2

 今回ご紹介しているのは、1942年12月、ガダルカナル島のアメリカ海兵隊員宛に送られたクリスマスカードです。画像の一番上はカードを入れていた封筒で、真中はカードの表紙、一番下はカードの中身です。(各画像はクリックすると拡大されます)

 ガダルカナル島は南西太平洋のソロモン諸島の南部にあり、日本からは直線距離にして4000キロ以上もあります。

 1942年8月、日本軍は、アメリカとその反攻基地オーストラリアとの連絡を遮断するため、ガダルカナルに飛行場を建設。以後、この飛行場をめぐって日米双方が血みどろの戦いを繰り広げた末、1943年2月、日本軍は“転進(=撤退)”を余儀なくされました。この戦いでは、上陸した約3万名の日本軍将兵のうち、撤退できたのは1万名余しかおらず、戦死者2万1000名のうち、1万5000名は病死または餓死だったといわれています。このことから、ガダルカナル島、略してガ島は“餓島”とさえいわれました。

 さて、今回のクリスマスカードは、そうした激戦の最中にガダルカナル宛に送られたものの、宛先地まで配達することができず、差出人戻しとなっています。郵便物が届かないということが、その地域の状況を示すことがあるとするなら、その典型的な事例といってよいでしょう。

 同封されているクリスマスカードは、海軍の将兵を想定して作られたものですが、赤・青・金の三色印刷に加え、表紙の鷲と盾の紋章や、中身の鐘とヒイラギの部分にはエンボス加工が施されており、パッと見よりもずっとコストがかかっています。この辺にも、“餓島”の戦いに苦しんでいた日本と、物量で押しまくることのできるアメリカとの国力の差が如実にあらわれている、といって良さそうです。

 さて、“戦時下・占領下のクリスマス”のシリーズは、今年の分はこれで終了になりますが、まだまだ、色々と関連のマテリアルも手元には残っていますので、来年も、時季が来たらこの企画をやってみようかと思っています。

 それでは、皆様、良いクリスマス(イブ)をお過ごしください。


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