内藤陽介 Yosuke NAITO
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 父子の死
2006-01-05 Thu 23:13
 今日の外信ニュースは、イスラエル首相のアリエル・シャロンが重篤との話題で持ちきりのようです。

 まぁ、シャロンの人生というのは、そのまま、イスラエルの歴史のようなところがあるので、彼の生涯に関わる歴史的事件を表現するマテリアルというのも山のようにあるのですが、とりあえず、僕のイメージの中でのシャロンといえば、彼が野党の党首だった2000年9月に武装護衛を引き連れて、エルサレムのイスラムの聖地である岩のドーム(かつてエルサレム神殿であった場所)を訪問し、「エルサレムは全てイスラエルのものだ」と宣言したことがすぐに連想されます。その後、この訪問に徴発されたパレスチナ人はイスラエル当局に対する投石の抵抗運動を開始し、いわゆるアルアクサ・インティファーダが始まりました。

 で、そのアルアクサ・インティファーダといえば、12歳のムハンマド・ドゥラと父親のジャマールが、ネッツァリムジャンクションで、イスラエルとパレスチナの衝突に巻き込まれ、イスラエル軍の弾が当たって死亡したとされる事件が有名です。この事件は、その一部始終が撮影されたビデオがCNNなどを通じて全世界に放送されたことから、全世界に衝撃を与えました。そして、アラブ諸国は、イスラエルの非道を象徴するものとして、悲劇の場面を国家のメディアである切手にもとりあげています。

ドゥラ父子

 画像はその一例で、エジプトが2000年11月に発行した“パレスチナ人民との連帯”のキャンペーン切手です。切手に取り上げられているのは、亡くなる直前、銃弾の飛び交う中で身をかがめている父子の姿で、恐怖にゆがむ子供の表情が切手全体に緊張感を漂わせています。

 ところで、この切手の元になった事件について、背後の壁に残された弾痕の形状や現場での聞き取り調査などから、父子を死に追いやったのは、イスラエル軍の弾ではなかったとする異議が一部にあるらしいのですが、果たして真相はどうなのでしょうか。

 仮に父子の死因がイスラエルと無関係のものだったとすると、事件を切手に取り上げてイスラエルを非難したアラブ諸国(の郵政)は赤っ恥をかかされたことになってしまいます。もっとも、そんなことをいっても「父子の死をもたらしたパレスチナの状況は、それじたい、イスラエルに責任があるのだから、細かいことは言うな!」といって叱られるのがオチなんでしょうけどね。
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