内藤陽介 Yosuke NAITO
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 チベット“平和解放”60年
2011-05-23 Mon 23:16
 1951年5月23日に中国共産党政権とチベット政府の間で、「中央人民政府とチベット地方政府のチベット平和解放に関する協定」(いわゆる17条協定)が署名され、“平和解放”の名の下にチベットが中国に併吞されてから、きょうでちょうど60年です、というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        チベット平和解放(1000円)

 これは、1952年3月15日に中国が発行した「チベット平和解放」の記念切手のうち、チベットの農耕風景を描いた1000円切手です。

 辛亥革命によって清朝が崩壊してから、1951年に中国人民解放軍がチベットに武力進駐するまでの間、チベットは独立を宣言し、独自の通貨や切手も発行していました。もちろん、中国側は国民党・共産党を問わず、チベットの独立を一貫して否定していましたが、実際には、チベットには中国中央政府の統制は及んでおらず、チベットは実質的に(半)独立国のような存在となっていました。

 その後、1949年10月に中華人民共和国の建国が宣言されると、1951年4月、共産党政権とチベット政府との関係を規定するための交渉が北京で始まり、5月23日、「中央人民政府とチベット地方政府のチベット平和解放に関する協定」(いわゆる17条協定)が署名されます。現在、中国側は同協定を根拠にチベット支配の正当性を主張しているわけですが、この協定は、もともと、代表団が個人の資格でサインしたもので、チベット政府やダライラマの承認・批准は受けていません。じっさい、中国側も署名に際しては、同協定には国際法上の効力はないとチベット代表団に説明していながら、チベット側の印璽を偽造するなどして、同協定の既成事実化を図っていきました。

 そして、同年12月、人民解放軍が“平和解放”の名の下にチベットに軍事進駐。以後、半世紀近くにわたって中国共産党政権はこの地域を支配し続けています。この間、漢族の急激な流入により、チベットの伝統的な社会構造が破壊され続けていることもあって、強圧的な共産党の支配と強引な中国化・社会主義化への抵抗運動が続けられています。また、中国政府は、チベットの独立運動家やその支援者(とみなされた人々)に対しては容赦のない人権抑圧を日常的に行っており、そのことが国際社会から厳しく指弾されているのは周知のとおりです。

 そういえば、先日、上野動物園にパンダがやってきましたが、パンダの生息地域はもともとはチベット人の居住地域ですから、本来、パンダは中国のものではなくチベットのものということになります。それにもかかわらず、パンダは“日中友好”のシンボルと無邪気に語ることは、実は、中国によるチベット支配を間接的に支持することにもつながるのだということは、もっと多くの日本人が自覚してもよいのではないかと思います。

 なお、チベット問題に関しては、拙著『事情のある国の切手ほど面白い』でも1章を設けてまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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