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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 9年ぶりの出席
2011-07-19 Tue 23:33
 きょう(19日)は、“ビルマ建国の父”アウン・サン将軍を含む8人の独立運動家が1947年7月19日に暗殺されたことにちなみ、ビルマ(ミャンマー)では“殉教者の日”となっており、ラングーン(ヤンゴン)では、例年同様、追悼式典が行われました。その追悼式典には、将軍の娘でビルマ民主化運動指導者のアウン・サン・スー・チーさんも9年ぶりに民族服姿で出席したということなので、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        ビルマ正刷(女性)

 これは、1943年10月1日、ビルマで発行された“風物図案切手”(通常切手)の1枚で、伝統的な民族服姿の女性が描かれています。

 1941年12月の日英開戦後、1942年5月末までにビルマ全土をほぼ制圧した日本軍は、イギリスの支配下で投獄されていた独立運動の闘士、バーモ(バモオ)を行政府長官兼内務部長官として、8月1日、ビルマ中央行政府を樹立します。その際、日本軍は戦勝後のビルマ独立を予定し、即時独立を認めませんでした。また、ビルマ国民には軍政への協力を要求する一方で、批判的な民族主義者や若いタキン党員の政治参加を抑圧したこともあって、ビルマ側の不満が鬱積。

 このため、戦況が悪化する中で、ビルマにより一層の戦争協力を求めるための見返りを用意する必要に迫られた日本政府はビルマ独立の方針を具体化し、1943年3月10日に『緬甸独立指導要綱』を決定。同年8月1日、軍政を廃止し、バーモを首班とするビルマ国としての独立を承認しました。ただし、独立と同時に、日本ビルマ同盟条約が締結され、ビルマは連合国へ宣戦布告することになり、日本軍の駐留はその後も終戦まで続けられることになります。
 
 今回ご紹介の切手は、こうしたビルマの独立に伴って1943年10月1日から発行されたもので、旧蘭印・バタビアのコルフ印刷会社で製造されました。

 切手に描かれている女性の民族衣装は、“ロンジー”(伝統的な巻きスカート)です。

 ロンジーは1枚の布の両端を縫い合わせて輪にしたもので、その端を腰のところで折り込むようにして着用します。男女ともに着用しますが、その着方は、男性は前であわせ、女性は横であわせるという違いがあります。このため、男性の着方では足を大きく広げられますが、女性の着方では足はあまり広がりません。

 ビルマでは、このロンジー・スタイルにサンダルを履けば、とりあえず、どこへ出ても恥ずかしくなのだそうです。風通しがよいのでビルマの気候にぴったりの民族衣装ということなので、猛暑の中で節電を強いられている今年の夏などは、クール・ビズの一つのスタイルとして、ロンジーとサンダルで出かけるのも悪くないかもしれません。ただ、僕がこの格好で地下鉄に乗ったりしたら、ほぼ確実に、スカートを履いた変質者としかみられないでしょうねぇ。そういうことなら、むしろ、おじさんとしては、スカートの丈を短くしていながら、パンツも見えそうなほどに足を広げて座っている女子高生に、姿勢を矯正するための服装としてお勧めするほうが無難でしょうな。
 

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