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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ハバロフスクに来ています
2011-08-09 Tue 08:10
 きのう(8日)の記事にも少し書きましたが、現在、極東ロシアのハバロフスクに来ています。今回の旅行の目的は、切手紀行シリーズの第4巻として現在制作中の『ハバロフスク』(仮題)の追加取材で、帰国は12日の予定です。というわけで、せっかくハバロフスクにいるということで、ハバロフスクからのこんな葉書をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

        シベリア抑留葉書(ハバロフスク・1954)

 これは、1954年9月に日本人シベリア抑留者が日本宛に差し出した葉書で、差出人の住所は“ソ同盟ハバロフスク市郵便函5120-41”となっています。裏面の書き込みによると、葉書が書かれたのは9月6日のことで、収容所での検閲を経てウラジオストクに持ち込まれたのが9月29日、そして、日本到着は(押されている私印によれば)10月22日となっています。

 この葉書が日本に到着して間もない12月10日には、日ソ国交回復を公約として掲げる鳩山一郎内閣が発足しましたが、その日ソ交渉で領土問題と並ぶ最優先課題が日本人抑留者の帰国問題でした。

 周知のように、1945年8月9日、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄し、満洲国内に侵攻。強盗・略奪・強姦の限りを尽くしたほか、捕虜とした多数の日本人をシベリアに抑留し、過酷な強制労働を課しました。いわゆる北方領土問題や中国残留孤児・婦人問題などとあわせて、ソ連という国家が終戦のどさくさに日本と日本人に対して何をやったのか、僕たちは民族の記憶として決して忘れてはなりません。

 きょうは、奇しくも、その8月9日。この地で無念の死を遂げた方々のご冥福をお祈りしつつ、“日本人抑留者の痕跡”のうち、昨年3月のハバロフスク訪問時には回り切れなかった場所をいろいろと訪ねて歩いてくるつもりです。

 おまけ
      ハバロフスク中郵外観     ハバロフスク中郵内部

 本日撮影したハバロフスクの中央郵便局の外観(左)と内部の様子(右)です。いかにも社会主義時代の雰囲気を感じさせる局舎は、シベリア抑留の時代とほとんど変わっていないのかもしれません。“郵便函”(私書箱)は入口の近くにありました。もちろん、シベリア抑留者用の“郵便函”は、一般向けのものとは異なっていたとは思いますが、かの国の“郵便函”の写真というのもなかなかないのではないかと思い、アップしてみました。なにかのご参考になれば幸いです。

 * 昨日、カウンターが89万PVを超えました。いつも、遊びに来ていただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。


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