内藤陽介 Yosuke NAITO
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 皇帝の復活
2011-09-25 Sun 23:53
 きのう(24日)開かれたロシアの政権与党「統一ロシア」の党大会で、連続3期の大統領就任を禁じた憲法の規定に従って2008年から首相を務めていたウラジミール・プーチンが次期大統領選挙の与党候補となり、現職大統領のドミトリー・メドベージェフは首相に回る方針が確定しました。まさに、現代ロシアのツァーリとしてのプーチンの復辟というわけですな。そこで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ニコライ2世(1998)

 これは、ロシア・ロマノフ王朝最後の皇帝、ニコライ2世の没後80年を記念して1998年にロシアが発行した記念切手で、タブの部分にはありし日の皇帝一家の肖像画取り上げられています。

 1917年のロシア2月革命により、ニコライ2世は3月15日(ユリウス暦3月2日)に退位を余儀なくされ、皇位継承者として指名された弟のミハイル・アレクサンドロヴィチ大公は即位を拒否したため、ロマノフ朝は滅亡します。

 その後、元皇帝一家は3月20日に臨時政府によって自由を剥奪され、ツァールスコエ・セローに監禁され、同年8月、妻や5人の子供とともにシベリア西部のトボリスクに流されました。さらに、10月革命によってボリシェヴィキが政権を掌握すると、一家はウラル地方のエカテリンブルクへ移され、資産家イパチェフの家に監禁されましたが、チェコ軍団の決起によって白軍がエカテリンブルクに近づくと、白軍により元皇帝が奪回されることをおそれたボリシェヴィキ政権は、1918年7月17日、元皇帝一家7人のほか、侍医、料理人、従僕などを銃殺しました。

 ソ連時代、皇帝一家の処刑は革命のハイライトとされていましたが、ソ連崩壊後はボリシェヴィキ政権の残虐さを象徴する出来事としてネガティヴに語られるようになり、2000年8月、ニコライ2世はロシア正教会において家族や他のロシア革命時の犠牲者とともに列聖され、完全に名誉回復を果たしました。今回ご紹介の切手も、そうした皇帝一家の名誉回復の過程で発行されたものです。

 さて、近日刊行の拙著『ハバロフスク』でも、ロマノフ朝ならびにニコライ2世関連の場所や、ロマノフ朝の名誉回復をうかがわせるモノをいろいろとご紹介しております。書店発売予定日は10月21日とまだ少し先なのですが、そこかで実物をご覧になりましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。

 * 本日(25日)午前中、カウンターが91万PVを超えました。いつも、遊びに来ていただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。
       
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