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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 間にあわなかった切手
2011-10-10 Mon 21:59
 1911年10月10日の辛亥革命からきょうでちょうど100年です。というわけで、ちょっと地味ですが、この切手を持ってきました(画像はクリックで拡大されます)

        清朝・不発行欠資

 これは、辛亥革命によって清朝が崩壊したために不発行に終わった不足料切手です。

 近代郵便が料金の前納制を原則としている以上、料金の未納・不足というのは一定の割合で必ず発生します。そうした場合、郵便サービスを提供する側としては、不足分+ペナルティを受取人から徴収しようとするわけですが、そうしたペナルティ込みの料金を徴収するための切手、すなわち不足料切手を発行している国というのは少なからずあります。(日本では発行されたことがありません)

 中国大陸でも、20世紀初頭、郵便物の増加に伴い、料金不足・未納の郵便物も増加したため、清朝は欧米諸国に倣った不足料切手の発行を計画しました。なお、その背景には、当時の清朝国家郵政が自立した独立国の郵政機関とはみなされておらず、UPUに加盟できていなかったため、諸外国と同様の制度を降り入れることで、早く“一人前”と認めてもらおうという意識があったともいわれています。

 不足料切手の発行を決定した清朝は、さっそく、ロンドンのウォータールー・アンド・サン社に切手の製造を発注しましたが、現物が届くまで暫定的な措置として、1904年4月1日、取りあえず、当時の普通切手である蟠龍切手に“POSTAGE DUE/ 欠資”と加刷したモノを発行し、ロンドンから現物が届くと、同年11月10日、今回ご紹介の切手と同図案で青色の不足料切手を発行しました。

 その後、青色の不足料切手の在庫がわずかになると、1910年、清朝は再びウォータールー・アンド・サン社に切手の製造を発注します。ただし、2回目に発注した切手は青色ではなく茶色で、1分と2分の切手が先に到着したので、とりあえず、この2種のみを1911年2月22日に発行しました。

 ところが、残りの半分、4分、5分、2角(20分)の切手は到着が遅れ、中国大陸に届いたときには、すでに辛亥革命で清朝が倒れていました。このため、遅れてきた茶色の不足料切手は、1912年3月以降、“中華民国”の文字を加刷したうえで発行・使用されました。

 さて、昨日、新刊の拙著『ハバロフスク』のご案内をしたばかりなのですが、実は、現在、“年賀状(年賀はがき・切手)”を題材とした新書を制作しております。フツーの新書でしたら、諸般の事情で刊行が予定より1-2ヶ月遅れてもなんとか大目に見てくれるケースが多いのですが、今回は“季節商品”だけに、作業が遅れてタイミングを逃してしまうと、今回ご紹介の切手のように日の目を見ずに終わってしまいかねないので、現在、追い込み作業に必死の毎日です。

 今後、正式なタイトルや定価、ページ数などが決まりましたら、随時、このブログでもご案内してまいりますので、よろしくお願いいたします。 

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