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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 日豪戦争⑰
2011-12-07 Wed 23:15
 ご報告が遅くなりましたが、先月25日、本のメルマガ第448号が配信となりました。僕の連載「日豪戦争」では、今回はオーストラリア軍の日本進駐の話を書きましたが、そのなかから、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        在東京・豪野戦局

 これは、1946年9月、日本に進駐したオーストラリア軍が東京に設けていた野戦局から差し立てられたカバーです。

 日本との戦争が続いていた1945年初めの時点で、英本国、インド、オーストラリア、ニュージーランドから構成される(日本)占領英連邦軍(BCOF:British Commonwealth Occupation Forces)が米軍と協力して、戦後の日本占領を行うという方針は固められており、対日降伏文書の調印も済まない8月の時点で、早くもオーストラリア国内ではオーストラリア軍は日本占領に参加する志願兵の募集を始めていました。

 ところが、BCOFの艦船は東京湾に停泊していたものの、部隊の日本上陸はなかなか実現しませんでした。

 そもそも、対日戦争で最も大きな犠牲を払った米国は日本占領を実質的に自国単独で行うことを志向していました。さらに、英本国も、ドイツとの長年にわたる戦争により激しく消耗していたことに加え、旧日本軍占領地域のうちのマレー半島や香港、ビルマなど、大戦以前に英領だった地域の主権回復のために相当規模の兵力を割かねばならず、自国の直接的な権益には結びつかない日本占領に積極的に関与するだけの余裕はほとんどなかったからです。

 ところが、建国以来、長年にわたって日本の脅威を意識し続け、日本との直接の戦闘で多大な犠牲を払ったオーストラリアとしては、戦勝国として日本占領に関与し、自国に対する日本の脅威を減じるという果実は何としても必要でした。

 このため、9月半ばを過ぎても、一向に自国軍部隊の日本進駐が具体的に進展しない状況に業を煮やしたオーストラリアは、10月に入るとワシントン駐在のオーストラリア大使館が米国政府と直接交渉を開始。以後、BCOFの日本進駐に関しては、英本国ではなく、この問題に最も熱心なオーストラリアが英連邦を代表して折衝を重ね、12月までに歩兵旅団4個相当のBCOF兵力を、連合軍総司令部(要は米国ということである)指揮下の占領軍として日本本土に派遣するという合意を成立させています。

 これと並行して、10月から11月にかけて、東京では連合軍総司令部とBCOFの間で、すなわち、実態としては米豪間で実務者レベルの協議が行われ、12月18日、マッカーサーとオーストラリアの陸軍参謀総長、ジョン・ノースコットとの間でBCOF進駐に関する協定が調印されました。これにより、オーストラリア軍はようやく、日本占領に参加する“権利”を獲得します。

 BCOFが進駐する権利を得た地域は、“本州南部”、すなわち、広島、岡山、鳥取、島根、山口の各県でした。当初の予定では、四国には蒋介石の中国国民政府(国府)軍が進駐するはずでしたが、国府軍にはその余裕はなく、四国も担当範囲に加えられました。

 BCOFによる日本占領は、公式には、1946年2月13日からスタートしましたが、これに先立ち、先遣隊としてオーストラリア海軍の駆逐艦ワラムンガが1月17日にシドニーを出港し、2月1日に呉に入港。ついで、2月21日にはラブアンからオーストラリア空軍の本隊が到着し、3月以降、岩国、防府などで活動を開始しました。

 一方、陸軍に関しては、モロタイ島に駐留していた第34歩兵旅団の本隊が2月22日に呉に到着します。

 モロタイ島は、インドネシア東部、モルッカ諸島の島で、第二次大戦以前はオランダ領でしたが、1942年に日本軍が占領。さらに、1944年9月に米軍が再占領し、フィリピンおよびボルネオ攻撃の拠点として用いられており、戦後はオーストラリア軍が駐留していました。
 
 この第34歩兵旅団に第65、66、67歩兵旅団が続き、5月までには呉から8キロ西の江田島に総司令部が設置されます。こうした中国地方の駐留部隊に加え、東京では連合国総司令部との連絡のためのスタッフが駐留し、今回ご紹介の郵便物にみられるように、1946年2月6日には彼らの連絡用に、東京にオーストラリア第8基地局が設けられました。

 かくして、オーストラリアを主軸として、BCOFによる日本占領が本格的にスタートすることになるのです。


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