内藤陽介 Yosuke NAITO
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 試験の解説(2006年1月)-2
2006-01-28 Sat 18:24
 昨日に引き続き、今回の試験で出した問題の解説。今日は、こいつを行きましょう。

 問題C この切手(↓)を参考に、東西冷戦の終結に関してイスラム世界で流布している言説について説明せよ。

アフガンのためのジハード

 この切手(画像はクリックで拡大されます)は、1981年にエジプトで発行されたアフガニスタン支援の寄付金つき切手です。

 1979年末、ソ連は、前年に締結した善隣協力条約に基づいて内戦状態にあったアフガニスタンに侵攻。ソ連は一九七八アフガニスタンに進駐。アミーン政権を打倒し、ソ連の意向に忠実なバブラク・カルマルを大統領兼首相とする親ソ体制(傀儡政権)を樹立しました。

 当然、国際社会はこれを非難し、アフガニスタン国内でも反政府ゲリラの大同団結によるアフガニスタン解放イスラム同盟が結成され、ソ連軍とその支援を受けたカルマル政権に対するムジャーヒディーン(イスラム戦士)の抵抗運動が展開されました。こうした、ムジャーヒディーンの闘争に対しては、イスラム世界全域から義勇兵がペシャワルに集結。イスラム諸国の政府も彼らを積極的に支援していますが、エジプトがこうした切手を発行したのもその一環です。

 切手のデザインは、アフガニスタンの国土に侵攻する赤い矢印(ソ連を示す槌と鎌がつけられている)を描くもので、切手に押されている消印には“アフガニスタンのためのジハード”という文言も入っています。

 全イスラム世界から集まってきたムジャーヒディーンたちの間には、アフガニスタンを“ムスリム(=イスラム教徒)の土地”と位置づけた上で「奪われたムスリムの土地を奪回することは全信徒の宗教的義務である」と言う主張が広がっていきます。こうした失地回復の主張は、次第に、アフガニスタンやボスニア、チェチェンでのイスラム抵抗運動を支持し、湾岸戦争以来サウジアラビアに駐留しつづける米軍への反感する感情にもつながるこのでした。

 結局、ソ連軍は、国際社会の非難とムジャーヒディーンの頑強な抵抗により、一九八九年二月一五日をもって、なんら得るところなく、アフガニスタンからの完全撤退を余儀なくされます。そして、アフガニスタン侵攻の失敗は、最終的にソ連の崩壊にも繋がるのです。
 
 こうしたことから、中東・イスラム世界では、ソ連崩壊の要因をアフガニスタン侵攻の失敗に求め、その崩壊は共産主義(ざい=無神論)に対するイスラムの勝利であるという言説が広がることになるのです。この文脈では、東西冷戦において西側が東側に勝利したという認識は極めて希薄です。

 この結果、ソ連軍がアフガニスタンから撤退し、さらには、ソ連そのものが崩壊したことによって、西側社会とイスラム世界は、反ソというお互いの共通項が同床異夢にすぎなかったことを思い知らされることになるのです。

 ①アフガン支援の切手がエジプトで発行されたことの意味がきちんと説明できているか、②“失地回復”の議論(この議論を言い出したアブドゥッラー・アッザームの名前が書いてあればなお良い)が触れられているか、③ソ連の崩壊を“イスラムの勝利”とする理解について説明できているか、といった点が要領よく書けていれば、その学生さんには満点を差し上げます。
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