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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 日豪戦争⑲
2012-02-09 Thu 20:53
 ご報告が遅くなりましたが、先月25日、本のメルマガ第454号が配信となりました。僕の連載「日豪戦争」では、今回は終戦直後の日本の捕鯨再開とオーストラリアの関係を書きましたが、そのなかから、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        マッコーリー島

 これは、これは、1948年3月7日、タスマニア州から1400キロの地点にある南氷洋の無人島、マッコーリー島に郵便局が開設されたことを受けて、同局から記念に差し出されたカバーです。

 第二次大戦後、日本に進駐していた英連邦占領軍(BCOF:British Commonwealth Occupation Forces)は、1947年以降の国際環境の変化により、規模を縮小することになりましたが、オーストラリアは武装解除されたはずの日本に対する警戒感を緩めることはありませんでした。そのことを端的に表したのが、日本による捕鯨再開をめぐるオーストラリアの強硬な反対論です。

 終戦直後の食糧難のなかで、1946年11月には、戦後最初の南氷洋捕鯨船団が出航。1947年3月中旬までに、多くのクジラを捕獲し、日本人にとって貴重なタンパク源をもたらしました。

 ところが、日本による南氷洋出漁に対して、オーストラリアはノルウェーや英本国、ニュージーランドなどとともに、「敗戦国が負けて1年も経たないのに1万トン以上の大型船を建造するのは早すぎる」と強硬に反対します。特に、オーストラリアは、第一次南氷洋捕鯨に出漁した2隻の捕鯨母船を戦時賠償として要求。日本の捕鯨を物理的に妨害しようとするなど、その強硬姿勢が際立っていました。

 言うまでもないことですが、当時の彼らが日本による南氷洋での捕鯨に反対したのは、現在のように「環境保護」が理由ではありません。

 そもそも、当時のオーストラリアは世界有数の捕鯨国の一つでした。また、1948年に発足した国際捕鯨委員会(IWC)も、当初は、鯨油価格維持のための国際カルテルという性格が強いものでした。日本以外の捕鯨国は鯨肉を食用としておらず、彼らにとっては、鯨油価格の動向こそが捕鯨を行う上での最大の関心事だったからです。クジラと環境や動物愛護を結びつける荒唐無稽な言説が一定の影響力を持つようになるのは、1970年代以降、ベトナム戦争の終結により活動の場が狭まったことに危機感を抱いた反戦・反核団体が、新たな寄付金の「市場」を開拓すべく、ビジネスとして自然保護や環境保護、動物愛護などを主張するようになったことが大きいことをわすれてはなりません。

 第二次大戦後まもない時期のオーストラリアが日本による南氷洋捕鯨を何としても阻止したかった最大の理由は、捕鯨にあるのではなく、日本がオーストラリア近海を通過して南氷洋に出漁することへの恐怖感にありました。

 以前の記事でもご紹介したように、オーストラリア連邦の結成以来、オーストラリアは常に日本を恐れ日本の脅威を取り除くことに最大の関心を払ってきました。

 実際に日本が戦争によって壊滅的な打撃を受け、去勢されたといっても過言ではないほどまでに徹底して武装解除された後でさえ、いずれ「優秀な日本人」は復興を果たし、再び自分たちにとって深刻な脅威となるはずだというのが、おそらく、日本との苛烈な戦争を戦った経験を持つオーストラリア人たちの共通認識でした。わずか数年前のダーウィン空襲はオーストラリア北西のティモール海を飛び立った日本軍機によるものでしたが、南氷洋捕鯨に出漁する日本船(しかも、旧海軍の元軍艦)の航路は、オーストラリア大陸により接近したものとなることは確実です。

 戦時賠償として捕鯨母船を没収しようという、どう見ても無理な主張を持ち出してもなんら恥じることがない思考回路の背景には、日本の船が自国の近海を通過することにオーストラリア人たちが抜きがたい恐怖感を覚えたという面があったことを見逃してはならないでしょう。

 結局、この件に関しては、西側世界の盟主にして、日本占領を実質的に仕切っていたアメリカが「(日本の捕鯨再開に)反対する国は日本向けに1000万ドルの食糧援助をしてもらいたい」と一喝したことで決着。オーストラリアも矛を収めざるを得ませんでした。

 もっとも、オーストラリアも自国に接近しつつある「日本の脅威(の幻影)」に対して手をこまねいていたわけではなく、南極の拠点を整備することで対抗しようとします。

 今回ご紹介のカバーにみられるように、オーストラリアがマッコーリー島での調査活動を行い、郵便局を設置したのも、その一環だったわけです。

 マッコーリー島は、1810年7月11日、フレデリック・ハッセルバーグが発見し、当時のニュー・サウス・ウェールズ総督、ラクラン・マッコーリーにちなんで命名されました。ペンギンとアザラシの一大生息地で、1930年ごろまでは各国の狩猟者が訪れて乱獲を行ったため、ペンギンやアザラシの数が激減。1933年に禁猟区に指定され、一般人の立ち入りは厳しく制限されるようになりました。当然のことながら、この時点では、この島に郵便局を設けようという発想はオーストラリア当局にはありません。まぁ、利用者がいないのだから当然といえば当然ですな。

 ところが、1947年、突如としてオーストラリア空軍はマッコーリー島上空から写真撮影による測量を行い、翌1948年3月7日、14名のスタッフを上陸させて同島に研究拠点を設置し、あわせて郵便局も開設されました。事業の収支という点ではマッコーリー島に郵便局を設置しても黒字になることはありえないのですが、郵便局という公共機関を設置し、郵便サービスを提供することで、同島がオーストラリアの支配下にあることを改めて内外に示すためでした。

 ちなみに、オーストラリアは、1933年以降、南極大陸における自国領土の存在を主張してきましたが、1961年6月23日の南極条約批准・発効により、以後、南極大陸における領土主権、請求権は凍結されているというのが建前です。

 しかし、現実には、オーストラリア国家がわが国の調査捕鯨に反対する際、彼らは南極大陸にオーストラリア領土が存在し、その沖合200カイリの周辺海域は「領海」にして排他手的経済水域であるから、該当水域での日本の操業は認められないと主張しています。こうした視点に立つなら、アメリカの「圧力」により、南氷洋での日本の捕鯨再開を阻止できなかったオーストラリアが、次善の策として、自国の領海から日本船を排除することによって、国土を防衛しようと考えるのも、ある意味で自然な発想と言えましょう。マッコーリー島をはじめとする南極周辺の島々は、そうした彼らの「領海」を担保するうえで、きわめて重要な意味を持っているのです。

 いずれにせよ、怪しげな反捕鯨団体が結成されるよりもずっと以前から、捕鯨国・オーストラリアは日本の捕鯨に反対していたという事実を、我々は忘れてはなりません。

 
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この記事のコメント
今はオーストラリアも露骨な反日感情は見られなくなり、資源大国でもあるので日本との結び付きも強いですが、事が捕鯨に及ぶと相変わらず日本に対して強硬な姿勢を崩しません。あの悪名高い環境テロリスト、シーシェパードやグリーンピースに対してもオーストラリアは好意的です。やはり、オーストラリアの根本は今でも「白豪主義」なんでしょう。オーストラリアに限りませんが、欧米人は上辺は巧みに隠してはいますが、今でも白人優越主義、有色人種に対する蔑視や嫌悪感は根強く持っています。それが一番端的に表れるのが捕鯨に対するヒステリックな感情でしょう。あの知能が高く、可愛い?クジラを獲るなんて野蛮人のすること、それが欧米人のホンネでしょう。昔のようなあからさまな有色人種に対する蔑視は人種差別と非難されるので、反捕鯨に巧みに紛れ込ませて有色人種に対する蔑視や嫌悪感を叫ぶのが欧米人のやり方です。
2012-02-10 Fri 09:59 | URL | アルファ #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
 アルファ様

 オーストラリアに関しては、人種差別の意識があることはもちろんですが、それ以上に、日本に対する恐怖感がどうしても抜けないという面があるのではないかと僕は理解しています。まぁ、抑止力という点でいえば、他国に対してある程度の恐怖感を与えることが必要ではあるのですがね。
2012-02-11 Sat 23:12 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
#2134
太平洋戦争ではオーストラリアに対しても日本は大きな被害を与えていたことは知っていましたが、今は一番親日ではないかと思っていましたが捕鯨に関してはこのようなことがあったのですね。近海の通過にそれほど恐れていたとは。
やはり、国益に関してはどこの国であろうと豹変するということでしょうか。
2012-02-13 Mon 17:56 | URL | ブックス #Z8/RiyJA[ 内容変更] | ∧top | under∨
 ブックス様
 隣国や周辺諸国というのは、基本的に、潜在的な敵国であるというのが国際社会の常識でしょうね。たとえば、米国が日露戦争の前後から日本を仮想敵国とする戦略案を作っていたことは広く知られていますが、同時に、彼らは、カナダ、英国、メキシコ、ドイツなども仮想敵国と想定した戦略案を作っていたことは案外知られていないようです。

 自国に脅威を及ぼしかねない国が近海を通過するとなれば、神経質になるのが普通でしょう。平素は友好関係をうたっていても、いざとなれば我が身を守ろうと考えるのは、いずこも同じだと思います。
2012-02-17 Fri 22:17 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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