内藤陽介 Yosuke NAITO
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 「シベリア抑留 家族への便り」
2012-03-02 Fri 17:29
 ご報告が遅くなりましたが、2月24日付の『岐阜新聞』社会面に「シベリア抑留 家族への便り」という記事が掲載されました。記事は、岐阜県内の元抑留者の方がご自身の差し出した葉書を手にインタビューに応じたもので、僕も電話取材に応じて簡単なコメントを寄せています。というわけで、きょうはその記事に掲載の葉書と同形式のモノで、なおかつ、岐阜県宛のモノが手元にありましたので、記事で紹介された葉書の写真と並べてご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

     シベリア抑留タイプ1岐阜宛     岐阜新聞・シベリア抑留葉書

 葉書は、これは、第二次大戦後、ソ連によってシベリアに連行され、強制労働に従事させられていた日本人抑留者の通信用に作られた専用の往復葉書のうち、タイプ1A2と呼ばれるもので、左側が僕の手元にあったもの、右側が新聞で紹介されたものです。

 シベリア抑留日本人用の往復葉書は、大きく4つのタイプに分けられますが、このうち、赤十字・赤新月が入ってたタイプ1と呼ばれるものは、字体がローマン体のAとゴシック体のBの2タイプに分けられ、さらに、表題2行目の“Й”の文字の位置により細分されます。今回ご紹介のものは、表題2行目の“Й”の文字が1行目の“О”の真下にあるため、タイプ1A2という分類になります。なお、『岐阜新聞』の記事では、「黄ばみが濃くなった粗末な紙」との説明がありますが、新聞に掲載された葉書は、写真で見る限り、コンディションこそ悪いものの、黄ばんでいるのではなく、もともと左の葉書と同じ茶紙のモノであったと思われます。

 左の葉書には、赤月の下に薄くウラジオストク局の中継印が押されています。日付がよく見えないのですが、スキャンした画像を拡大してみると、どうやら、1947年1月と読めますので、検閲を経てウラジオストクまで届けられる時間を考えると、葉書が書かれたのは、1946年中だったのではないかと推測されます。シベリアの日本人抑留者に対して本国への通信を認めた「日本人軍事捕虜と日本、満洲、朝鮮に居住するその家族との交信規定についての訓令施行に関するソ連邦内務省指令第00939号」は1946年10月20日付で発せられていますので、比較的、初期の使用例といってよいでしょう。なお、日本に到着した際の占領当局による検閲の金魚鉢印の上には4月17日の書き込みがあります。

 一方、『岐阜新聞』の葉書は消印が不鮮明で分かりづらいのですが、ウラジオストク局の中継印の“月”の部分は12のようです。差出人の後藤政吉さんによると、この葉書がシベリア・モシカ収容所からの第1信だそうですから、中継印の年度は1946年ではないかと思います。そうだとすると、左の葉書とほぼ同時期の使用例といえそうです。

 さて、タイプ1の葉書は2色刷ですが、今回、2枚の葉書を並べてみると、赤十字と赤新月の赤色の部分の形状が酷似しており、同じ版を用いたのかもしれません。タイプ1の赤色の部分にはさまざまなバラエティがあり、明らかに別の版を用いたと思われるケースも多いのですが、今回の2枚のように、黒色・赤色ともに同じ版を用いていると考えられる葉書が確認されたことで、2枚の葉書が同じ時期に同じ印刷所で作られたのではないかとの推測も十分に成り立つと思います。

 シベリア抑留者の葉書の大半は、黒・紺・紫色のインクで文字が書かれていますが、右側の葉書は赤色で書かれています。差出人の後藤さんによると、これは「赤い木の実をつぶした汁で書いた」ことによるものだそうです。他の収容所でも、右側の葉書のように、抑留者が通常の筆記具とインクを使うことができなかったケースがあったのかもしれませんが、僕自身はそうした事例を確認できていません。

 また、後藤さんによると、「発信人の欄は日本人の通訳が書いた」とのことですが、たしかに、日本人抑留者の多くはロシア語の読み書きがほとんどできないわけですから(なまじっかロシア語ができるとスパイ扱いされるという事例も少なくなかったようです)、当然の措置といえましょう。あらためて、今回ご紹介のタイプ1A2の葉書のうち以前の記事でご紹介したモノをチェックしてみると、発信人とは別の筆跡でロシア語の返送先が書かれていました。

 これに対して、左側の葉書は差出人本人が日本語で返送先が書かれているほか、裏面の通信文もカタカナ(ちなみに後藤さんの葉書を含め、抑留者の葉書は全てカタカナ書きの文面のものが少なくありません)ではなく漢字交じりの通常の日本語で書かれています。検閲担当者が日本人(の通訳)であるから、そのまま日本語で書いても構わないと現場で判断されたためでしょう。

 いずれにせよ、シベリア抑留者の通信については、現在なお未解明の部分も多いので、まずは、データを蓄積していくことが必要だろうと思います。その意味でも、今回の『岐阜新聞』のような記事はありがたいですな。

 なお、シベリア抑留者の通信については、拙著『ハバロフスク』でもその概要をご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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