内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 平和条約発効60年
2012-04-28 Sat 08:32
 1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効し、占領時代が終わってから、きょうでちょうど60年です。というわけで、きょうはこの葉書です。(画像はクリックで拡大されます)

        講和条約発効記念葉書

 これは、1952年5月3日に発行された“平和条約発効・憲法5周年”の記念葉書です。平和条約発効と憲法5周年は全く別の次元の事象だと思いますが、日付が近いということでまとめてしまったのでしょう。

 さて、平和条約の発効により、占領時代が終結し、日本国家の主権は回復されたというのが建前ですが、現実には、米軍の駐留継続を決めた日米安保条約(旧条約)には内乱条項(この場合は、日本で内乱が発生した場合には米軍が出動できるとする規定)が含まれていたほか、南西諸島(沖縄・奄美など)や小笠原諸島は日本本土から分離してアメリカの信託統治下に置かれるなど、主権の完全な回復とは言い難い状況でした。

 このうち、内乱条項については、1960年に改訂された新安保条約によって撤廃され、小笠原は1968年に、沖縄も1972年に本土復帰を果たしたものの、現在なお、日本の防衛はわが国独力では果しえず、軍事的には、アメリカの庇護下に置かれているの周知のとおりです。

 本来であれば、占領時代に公布・施行された憲法については、占領時代が終結した時点で改正するのが筋で、それをそのまま放置し続けたことの責任は、ひとえに、日本国民にあります。アメリカから押しつけられた占領憲法というのは、歴史的事実として間違いではないかもしれませんが、だからといって、自分たちの怠慢が免責されるわけではありません。

 現行憲法の問題点はいろいろありますが、すくなくとも、憲法の前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」との一節は、自国の安全を他国にゆだねようとするものですから、独立した主権国家の憲法の文言としては明らかに不適切な内容でしょう。もちろん、すべての周辺諸国が、自国の国益を損ねてでも、日本の安全と平和のために信義と公正を重んじてくれるというのなら話は別でしょうが、そんなことが現実にはありえないことは、ちょっとニュースを見れば誰の目にも明らかです。

 したがって、本来、平和条約の発効と主権回復・独立を祝うことと、日本国憲法5周年を祝うことは両立しないと考えるのが妥当でしょう。また、当時の記念切手の発行基準では、周年モノは原則として最低25周年とするということになっていましたから、いくら日本国憲法が重要であるからと言って、その5周年で記念葉書を発行するというのは異例のことです。はたして、日本国憲法の内容について国家の理念として真に誇りうるべきものだというのなら、それこそ、25周年にあたる1972年に日本国憲法関連の記念切手・はがきが発行されてしかるべきなのですが、そうはなっていないのは、やはり、現行憲法の欠陥を認めているからなのでしょう。

 いずれにせよ、全くベクトルの異なる事象を強引に1枚のはがきで記念して矛盾を感じないでいる(ように見える)ところが、いかにも戦後日本の発想といえそうです。自戒の念を込めて、記憶すべき葉書だと思います。
 
 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。
スポンサーサイト

別窓 | 日本:昭和・1952~1960 | コメント:3 | トラックバック:0 | top↑
<< 九龍に六四紀念館オープン | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  泰国郵便学(19)>>
この記事のコメント
#2185 承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2012-04-28 Sat 10:40 | | #[ 内容変更] | ∧top | under∨
#2187 無題
このはがきの発行を計画したときは占領下だったこともあるのではないかと思います。
改憲論議が出てくるのは再独立後であることも注意しておかねばなりません。
しかし、憲法と教育だけはほぼ占領下で作られた制度が
65年も持続してしまいました。ここらで一度リフォームが必要でしょう。
自分の権利ばかり主張し、相手がつぶれても自分の権利を守るべきだという輩が多くなりました。「お互い様」の精神が日本人にはあったはずです。
2012-04-30 Mon 18:31 | URL | 頭明流 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
・頭明流 様

 まぁ、筋論から言えば、占領軍が終わった時点で、その後も日本国憲法が有効なのかどうか、日本国家として明示的に宣言しておくべきでしたな。改憲論議ということであれば、朝鮮戦争が起こって警察予備隊が発足した際にも、一部で盛り上がったという話を聞いたことがあります。

 占領時代の感覚では、おそらく、改憲論議というよりも、有効・無効という論議(無効な場合は大日本帝国憲法に戻す)の感覚に近かったのではないかと思います。ただし、それを占領下で公言できたかどうかということは別問題ですが…。

 結局、憲法の規定を逆手に取って、防衛はアメリカに任せて、軽武装・経済優先路線を採用するという方向が固まってしまったわけですが、まぁ、今回の記事で問題にした前文の精神にかなった行動だといってしまえば、それまでなのかもしれません。

 権利の主張が強くなりすぎたというご指摘はその通りだと思いますが、ここで権利のカウンターになるべきは、実は、義務ではなく、責任ということではないかと僕は思っています。権利に伴う責任を教えるのではなく、やってはいい権利とやらなければいけない義務という組み合わせで教えるというのは、どうも、かみ合わないような気がして仕方がないんですがね。
2012-05-08 Tue 11:49 | URL |  内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/