内藤陽介 Yosuke NAITO
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 メーン号事件
2006-02-15 Wed 22:41
 今日(2月15日)は1898年にメイン号事件が起こった日です。という訳で、ずばり、“Remember the Maine”のスローガンが入ったカバー(封筒)を取り上げてみましょう。(画像はクリックで拡大されます)

Remenber the Maine

 1895年4月、スペインの植民地支配下にあったキューバで、ホセ・マルティを指導者とする独立戦争(1868~78年の独立戦争と区別して第2次独立戦争ということもあります)が勃発します。マルティは開戦早々に戦死してしまいますが、その後もキューバ人による独立運動は粘り強く続けられ、マクシモ・ゴメス将軍ひきいる独立軍はスペイン軍をあと一歩のところまで追い詰めるところまでこぎつけました。

 一方、アメリカ国内では、キューバの独立戦争がはじまると、ハースト系およびピュリッツァー系の新聞社は、スペインの暴政をセンセーショナルに取り上げ、自由を求めて戦うキューバ人を救い、アメリカの権益(アメリカはキューバの砂糖農場に莫大な投資をしていた)を擁護するためにも、スペインを討つべしとの世論を形成していきました。

 こうした状況の中で、1898年2月15日、ハバナ港に停泊中のアメリカの戦艦メイン号が爆発し、将兵ら266名が亡くなります。ハースト系の新聞社は、事件をきっかけに、より強烈な反スペイン・キャンペーンを展開し、加熱するキャンペーン報道に煽られたアメリカの国内世論は「メーン号を忘れるな」のスローガンとともに沸騰。4月25日、アメリカは、ついに、スペインに対して宣戦を布告しました。米西戦争の勃発です。この間の経緯は、映画『市民ケーン』にも採用されていますから、ご存知の方もすくなくないでしょう。

 今回ご紹介しているカバーは、米西戦争開戦後の1898年9月、インディアナ州内の郵便に使われたものですが、星条旗に“メーン号を忘れるな”のスローガンという、なんとも分かりやすいプロパガンダのマテリアルです。

 米西戦争を始めるにあたって、アメリカは、キューバの独立闘争を支援することを大義名分としていましたが、1898年10月、彼らはキューバ独立軍の頭越しにスペインと講和条約(パリ条約)を結んでしまいます。その結果、キューバは米軍の軍政下に置かれ、独立は事実上、反故にされてしまいました。

 ちなみに、後になって、米西戦争のきっかけとなったメイン号の爆発事件は、スペインの仕業でもなんでもなく、エンジントラブルによるものであった可能性が高いことが明らかになっています。

 大量破壊兵器の存在を口実にフセイン政権を攻撃してみたものの、肝心の兵器はさっぱり出てきていない点や、民主的な選挙でイランと親和的なシーア派勢力が勝利を収めるととたんに不機嫌になるところなんか、どうもあの国って、100年前も現在も大して変わってないように見えてしまうんですよねぇ。

 まぁ、そのあたりの100年間のアメリカの歴史については、去年『反米の世界史』なんて本を作ってみましたので、よろしかったら、ご覧いただけると幸いです。
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