内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 シャルジャー到着
2012-11-19 Mon 05:10
 さきほど、無事ドバイ空港で入国・通関手続きを済ませてシャルジャーに到着し、ホテルにチェックインしました。というわけで、シャルジャー到着を祝して、きょうはこのカバーです。(画像はクリックで拡大されます)

         シャルジャーFFC

 これは、1932年10月、イギリスからシャルジャー宛の初飛行カバー(FFC)です。

 1929年3月30日に就航した英国インペリアル航空のロンドン=カラチ(現パキスタン)線は、当初、エジプトのアレクサンドリア以東は、ガザ(パレスチナ)=ルトゥバ(イラク)=バグダード(同)=バスラ(同)ブシェール(イラン)=リンゲ(同)=ジャスク(同)=グワダル(現パキスタン)を経由してカラチにいたるというルートを取っていました。ところが、1932年、イラン政府が、ロンドン=カラチ便の航空機が自国の領空を通過することにクレームをつけたため、同路線は、バスラ以東のルートを、同年10月以降、ペルシャ湾対岸のバハレーン=シャルジャー経由に変更して運航されることになりました。

 これに伴い、シャルジャーには簡易空港が開設され、シャルジャー発着の航空便の取り扱いが開始されました。ただし、当時のシャルジャーは人口が極端に少なかったこともあって、航空便の取り扱いが始まった時点でも郵便局は開設されず、シャルジャー空港に到着した郵便物は、18キロ弱の距離にあったドバイ局が取り扱いました。

 今回ご紹介のカバーは、その第1便のもので、1932年10月1日付のロンドンの“HILTON RD. HUDSON'S PLACE”局の消印が押されています。同様のカバーは複数つくられているのですが、いずれも、消印が局名が不鮮明なのが残念なところです。なお、“BY IMERIAL AIRWAYS./FIRST ARABIAN AIR MAIL./ENGLAND TO INDIA VIA THE ARABIAN COAST./OCT. 1 st. 1932(英国インペリアル航空・アラビア航空郵便第一便・英国発アラビア湾岸経由インド宛・1932年10月1日)”の文字が印刷された封筒は、同便の就航に際してインペリアル航空が用意したものです。

 なお、ロンドン宛の復路の郵便物は、1932年10月15日にシャルジャー空港から差し立てられていますが、その際に貼られているのは無加刷の英領インド切手(当時のドバイでは英領インド切手が無加刷で使われていました)で、料金は1アンナ3パイサでした。

 さて、19日(現地時間)は作品の搬入で朝から通りを挟んでホテルと反対側にある会場に向かいます。日本とシャルジャーでは5時間の時差がありますので、こちらに滞在中の記事については、“きょう”ないしは“あす”という単語が日本とはズレてくることもあるかと思いますが(この記事もそうですが…)、あしからずご了承ください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

         『喜望峰』表紙画像
 
  『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』

  いままでなかった喜望峰とケープタウンの物語
  美しい風景とウンチク満載の歴史紀行!!     

 アマゾンセブンネット版元ドットコム楽天ブックスe-honhmvhontoJBOOKlivedoor BOOKSなどで好評発売中!
 
 なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。

 
 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。
スポンサーサイト

別窓 | 英国:KGV 時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< 二の酉 | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  バンコク経由>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/