内藤陽介 Yosuke NAITO
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 どこまで中国?
2006-03-01 Wed 23:42
 3月1日はいろいろな出来事が起こった日なので、何を取り上げようかと迷うのですが、とりあえず、満州国の建国記念日(1932年)ということで、満州国がらみのネタとして、こんな1枚を持ってきました。

美国開国150年

 この切手は、日中戦争下の1938年、中国国民政府が「美国(=米国)開国150年」を記念して発行したもので、中国の青天白日旗と米国の星条旗の背後に、中華民国の地図が描かれています。当時、日本と戦う中国に対して、少なからぬ協力を行っていたアメリカに対する中国側の感謝の意を込めて発行されたものです。

 さて、この切手に関して、ご注目いただきたいのは、背後に描かれている地図で、当時、“満州国”の支配下に置かれていた東北部が中国の領土として描かれている点です。これは、中国側が切手というメディアを通じて、満州国の存在は絶対に認めないという強い意志を内外に明らかにしたもので、国民の抗日意識を鼓舞する意図が込められています。

 当時、北京や南京、上海などの大都市の多くは日本軍の占領下に置かれていましたが、郵便に関しては、従来どおり、日本軍の占領地であっても国民政府の切手がそのまま使用されていた。しかし、この記念切手は例外で、日本の占領当局はこれを“有害な切手”に指定し、占領地域内でこの切手を郵便に使用することを禁止したばかりか、この切手を所持しているだけでも取り締まりの対象としたといわれています。

 ところで、この切手は、上述のように、満州国に対する抗議の切手というかたちで紹介されることが多いのですが、実はよくよく見てみると、この切手で中華民国の領土とされている地域には、満州国の支配下にあった東北部のみならず、ソ連の衛星国・モンゴル人民共和国の支配下におかれていた外蒙古や半独立状態にあったチベットなど、国民政府が独立を認めていなかった地域も含まれています。

 モンゴルでは、1911年12月、辛亥革命の混乱に乗じて、ボグド・ハーンを元首として清朝からの独立が宣言されます。しかし、新たに誕生した中華民国は、ロシアとともにモンゴルの独立を否認。モンゴル人の居住地域を内モンゴルと外モンゴルに分割したうえで、外モンゴルのみに自治を認めるという決定を押しつけています。その後、ロシア革命後の混乱の中で、1921年、モンゴルは立憲君主国として再度独立を宣言しますが、1924年、ソ連の強い影響力の下に共産主義政権の人民共和国へと政体を変更しました。

 一方、チベットも、清朝の滅亡後、独立を宣言。中国中央政府の統制の及ばない地域として、事実上の自治領のようなかたちで自立するようになっていました。

 これに対して、歴代の中華民国政府は、外モンゴルとチベットを管轄する機関として、蒙蔵委員会を設置し、両地域の独立は断固認めないとの姿勢を明らかにしています。

 切手に描かれている地図は、あくまでも中国側の主張している“中国”の範囲を示したものなわけで、それがそのまま国際的に通用していたわけでないところに、プロパガンダと実態のズレが感じられて、僕なんかは興味をそそられてしまいます。

 さて、3月10日付で刊行の『これが戦争だ!』では、今回取り上げた切手も含めて、領土問題に関するプロパガンダ切手の数々をご紹介しています。ご興味をお持ちの方は、是非、ご覧いただけると幸いです。

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この記事のコメント
#79
さすがにこの切手でも、南沙群島は中国領とされていませんね。10年ほど前ですが、中国の印刷物でこれと同じような地図が入っているものを見ましたが、南沙群島がしっかり入っていました。
ところでこの切手の下余白に「美国○票公司」と小さく入っていますが、これは「アメリカで印刷された」ことを示しているのでしょうか?
2006-03-02 Thu 23:14 | URL | おやじ #kcN02UG2[ 内容変更] | ∧top | under∨
 おやじ様
 いつもながら、コメントありがとうございます。
 さて、この切手はアメリカン・バンクノート社(中国語では美国鈔票公司)の印刷です。旧中国の記念切手は同社製のものが多いので、きれいですよね。
2006-03-03 Fri 09:50 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
#82 なるほど
内藤様、コメントありがとうございます。
アメリカン・バンクノート社についてWebで調べてみました。今でも盛業の大手印刷会社のようですね。共産化以前の中華民国の記念切手はここが多く作っていたのですか。出来栄えが先進国レベルなのもうなずけます。また、昔のアメリカの切手と似通ったテイストを持っているように思えます。勉強になりました。
2006-03-03 Fri 16:35 | URL | おやじ #kcN02UG2[ 内容変更] | ∧top | under∨
 民国25年の中学校用の地図帳にはモンゴルは当然中国ですが中国疆域変遷図には朝鮮、台湾、樺太、沿海州、バイカル湖東部、カザフスタン、アフガニスタン、ネパール、ブータン、ミャンマー、タイ、インドシナ、マレーシアも外国勢力に占領された土地と位置づけています。
 中国は今でもこの範囲内にの地域は中国だと思っているのでは。
 なお南沙群島は南沙群島と團沙群島に分けて中国領になっています、切手上図案からはずれたのでしょうね。
2006-03-05 Sun 18:47 | URL | nagoya-jp #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
 皆様、コメントありがとうございます。
・おやじ様
 喜んでいただけて何よりです。これからもよろしくお付き合いください。
・nagoya-jp様
 >> 朝鮮、台湾、樺太、沿海州、バイカル湖東部、カザフスタン、アフガニスタン、ネパール、ブータン、ミャンマー、タイ、インドシナ、マレーシアも外国勢力に占領された土地
 たぶん潜在的には今でもそういう意識なんでしょうね。でも、それならそれで、アメリカがアフガンに空爆した時に人民志願軍を派遣すればよかったのに・・・。まぁ、こういうこと言うから、僕って嫌われるんでしょうけどね。
2006-03-05 Sun 21:52 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
#1363 米中連合国
国旗を二つ並べたと言うことは、当然気分は対日、米中連合国なのでしょうか。怖いもの無しの幻想大帝国ですね。
新潟の高田の陸軍第十三師団に士官候補生として入隊していた蒋介石は、師団長であった長岡外史宅に「不負師教」(師の教えにそむかず)の書を残しています。日本に留学し、日本丸抱えで成長し、親日だった筈の蒋介石は、一体いつ、どこへ吹っ飛んでしまったのでしょう。
日本人の蒋介石観は、大部分が今も昔のままなのにネ。
2009-02-01 Sun 14:28 | URL | Bruxelles #qXcWIg3k[ 内容変更] | ∧top | under∨
  Bruxelles様

 まぁ、蒋介石の“親日”にしても、基本は自分の利益のために日本と結んでおいた方が得と考えていたという程度のものですからね。もっとも、一国の指導者としては、それが当然の態度でもあるわけですが。

 彼が明確に米英寄りに舵を切ったのは、北伐途中の上海クーデターの時だと思います。このとき、米英はいままで支援していた軍閥を切り捨てて蒋介石に乗り換えましたが、日本は北伐に最後まで抵抗しましたからね。その後は、幣制改革でも、見通しの甘い大日本帝国が、海千山千の大英帝国にころっと負けてしまい、日中戦争の泥沼に引きずり込まれていくわけですが…。
2009-02-04 Wed 23:02 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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