内藤陽介 Yosuke NAITO
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 国際女性デー
2013-03-08 Fri 11:34
 きょう(8日)は国際女性デーです。というわけで、現在制作中の拙著『マリ近現代史』の中から、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        サンルイ350年

 これは、1959年、マリ連邦で発行されたサン・ルイ300年の記念切手で、サン・ルイの風景を背景に、地元の女性が大きく取り上げられています。

 サン・ルイは、1659年、フランスがセネガル川河口の中洲に城砦を築いたのがルーツで、当初は、当時のフランス国王ルイ14世にちなみ、“サン・ルイ・デュ・フォール”(後のサン・ルイ)と名付けられました。

 1815年、皇帝ナポレオン1世が失脚した後のウィーン会議では、セネガル川河口の沿岸部、サン・ルイ・デュ・フォールとゴレ島の周辺をフランスの植民地“フランス領セネガル”とすることでヨーロッパ諸国が合意。その後、フランス国内は1830年の7月革命や1848年の2月革命などの混乱が続いたが、最終的にナポレオン3世が権力を掌握すると、フランス領セネガルの本格的な植民地経営がスタートします。

 以後、サン・ルイはセネガルにおける拠点として開発が進められ、19世紀には仏領西アフリカ植民地の総督府が置かれていたほか、仏領植民地のアフリカ系住民がほぼ無権利状態にあった時代でも、ゴレ、ダカール、ルフィスクとともに、住民は準フランス人”として市民権を有し、地方議会が置かれるなどの特権を与えられていました。

 第二次大戦後の1958年、仏領西アフリカを構成していた各植民地は、完全独立を果たしたギニアを除き、フランス共同体内の自治共和国として独立。これを受けて、同年12月末、旧スーダンの首府バマコに旧スーダン、セネガル、オート・ヴォルタ、ダホメ各地の汎アフリカ主義者らが集まり、新たな連邦を創設してフランスからの完全独立を目指して会議を開催。その結果、年が明けた1959年1月17日、セネガルのダカールで開催された“憲法制定会議”において「“マリ連邦”憲法」が承認され、各共和国で国民投票にかけられることになりました。ちなみに、新たな連邦の国号として採用された“マリ”は、かつての西アフリカの栄光を象徴するマリ帝国に由来するものです。


 ところが、フランス共同体から離脱してマリ連邦を独立させるとのプランに対しては、まず、コート・ディヴォワールの実力者で、フランス本国の閣僚経験を務めたこともあるウーフェ・ボアニがフランス共同体からの離脱に強く反対。これに伴い、内陸国家でコート・ディヴォワールへの経済的な依存度が強かったオート・ヴォルタも連邦への参加を見合わせました。

 さらに、連邦発足の暁には、当時の西アフリカ最大の都市であったダカールがその政治的・経済的中心地となることは明白であったため、地理的にダカールから遠く、オート・ヴォルタが連邦に参加しない場合には飛び地となってしまうダホメも連邦参加を見合わせ、最終的に、“マリ連邦”は、1959年4月4日、セネガルと旧スーダンの連合体としてスタートしました。

 新生マリ連邦の首都はダカールに置かれ、首相には旧スーダン出身のモディボ・ケイタが、国会議長にはセネガル出身のレオポール・セダール・サンゴールが就任。第5共和政のフランスは、当初、“マリ連邦”の独立を承認せず、ド・ゴール憲法の規定通り、フランス本国との国家連合を求めていましたが、最終的に1959年12月11-12日にセネガルのサン・ルイで開催されたフランス共同体委員会でマリ連邦の独立を実質的に承認。1960年6月20日、マリ連邦は正式に独立を達成しました。今回ご紹介の切手はその直後に発行されたものです。

 ところが、マリ連邦は正式発足から2ヶ月後の1960年8月、連邦内の主導権争いから、あっけなく崩壊してしまう。
 
 すなわち、旧スーダンとセネガルを比較すると、人口と面積においては旧スーダンがセネガルを圧倒していましたが、経済的には、ダカールやサン・ルイ、ゴレなどを有するセネガルが旧スーダンに比べてはるかに豊かでした。

 このため、旧スーダン出身のケイタは、中央集権的な国家体制をつくってセネガルと一体化することで、セネガルの資金を利用して旧スーダンの開発を進め、連邦全体の底上げを図ろうと考えたましが、そのことは、セネガルにとっては、フランス植民地時代よりも、さらに過重な負担を強いられるものと受け止められました。

 さらに、大統領のケイタは、マリ連邦として、独立以前から使われていたCFAフランを廃して、将来のアフリカ統一に向けて新通貨を創設することを主張しましたが、セネガル側は、国家としての対外的信用の乏しいまま新通貨を導入してもCFAフランよりも有利なレートを設定できるはずはなく、共通通貨であるCFAフランから離脱すれば西アフリカの共通市場から締め出されることになりかねないと猛反発。

 こうしたことから、1960年8月20日、首都ダカールに閣僚が集まり、連邦の新制度や正式な大統領の選出方法などについて討議していたところ、突如、「ケイタ大統領はあくなき野望を持ち、セネガル人圧迫のクーデターを企てた」として、セネガルがマリ連邦からの独立を宣言。大統領のケイタ以下、旧スーダン側の閣僚や公務員たちは軟禁され、翌21日、ダカール駅から臨時列車に乗せられて、スーダンへ追い返されてしまいました。

 当然のことながら、ケイタら旧スーダン側は激怒し、ケイタはセネガルの独立阻止のために国連軍の派遣を要請。しかし、国連側は、セネガル独立はマリ連邦の“内政問題”として部隊の派遣を拒否したため、ケイタもセネガルの独立を承認せざるをえなくなり、1960年9月22日、旧スーダンの領域のみで、あらためて現在の“マリ共和国”として独立しました。

 さて、現在、4月下旬の刊行を目指して制作作業をしている拙著『マリ近現代史』(仮題)では、こうした経緯で発足したマリの現在までの歩みを、できる限り、最新の出来事までカバーしようと考えております。正式なタイトルや価格などが決まりましたら、随時、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いいたします。
 

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