内藤陽介 Yosuke NAITO
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 台湾の“指名献花”は当然
2013-03-12 Tue 22:04
 昨日(11日)、日本政府主催で行われた東日本大震災の追悼式典で、わが国が台湾の対日窓口機関・台北駐日経済文化代表処の沈斯淳代表(駐日大使に相当)の席を各国外交団や国際機関の代表が並ぶ来賓席に用意し、献花に際して国名を読み上げる「指名献花」の待遇をしたことに対して、中国共産政府(以下、中共)が式典を欠席したうえ、“不快感”を示しているそうです。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        台銀券加刷

 これは、第2次大戦直後の1946年6月に発行された“限臺灣省貼用”の加刷切手です。

 1945年に中国国民政府(以下、国府)が接収した直後の台湾では、当初、日本統治時代の旧台湾銀行券(日本円と等価)が流通していました。国民党政権は、1946年に旧台湾銀行と台湾貯蓄銀行、三和銀行を接収・合併し、新たに台湾省営の“台湾銀行”を設立。同年5月22日から、旧台湾銀行券と等価の“台幣”(1949年6月以降の“新台幣”と区別して“旧台幣”と呼ばれます)を発行・流通させましたが、住民の間では台幣よりも旧台銀券に対する信用が厚く、旧台銀券から台幣への交換はスムースには進みませんでした。

 そもそも、国府が大陸で使用させていた法幣(国府の法定通貨)を台湾で流通させず、旧台幣を発行した背景には、日中戦争が終結するや国共内戦が再燃するという混乱の中で、大陸経済が極端に疲弊し、法幣の信用が失墜していたという事情があります。国府にしてみれば、自らの戦後復興ならびに共産党との内戦の資金源として、新たに獲得した台湾の価値を維持しておくためには、台湾を大陸の経済的混乱から隔離しなければならず、台湾内で法幣を流通させるわけにはいかなかったのです。

 通貨制度が異なれば、当然、切手も別のものとなります。
 
 今回ご紹介の切手はそうした事情の下に発行されたもので、日中戦争下の1941年に香港の商務印書館で印刷された5分切手(描かれている人物は孫文の側近として活躍した廖仲愷)に、台湾内でのみ有効であることを示す“限臺灣省貼用”の加刷がなされています。額面が中国式の“5分”ではなく、旧台銀券に対応して“5銭”となっている点に注目してください。

 旧台銀券と旧台幣の交換レートは1:1であるから、理論上は、どちらの通貨で額面を表示しようとも実務上の問題はありません。しかし、通貨を発行し、それを支配地域で流通させることが国家にとって重要な主権行為であることを考えるなら、日本統治時代の残滓ともいうべき旧台銀券での額面表示は、国府にとって決して好ましいことではないはずです。それにもかかわらず、実際の生活の中では旧台銀券表示の切手が堂々と流通していたということは、結果的に、国府の支配が台湾社会に十分浸透していなかったことの表れといってよいでしょう。

 共産党との内戦に追われていた国府には台湾に良質の人材を配置する余裕はなく、台湾に進駐してきた外省人には“十官九貪”とよばれたほど貪官汚吏が多くいました。復興に使われるべき工場施設や備蓄されていた米や砂糖を投機のために上海や南京に売り飛ばすことが横行し、「1年の豊作で3年食べられる」といわれた台湾で、日本統治下では戦争末期にもなかったほどの深刻なコメ不足が発生。島から逃げ出す犬(強圧的ではあったが規律のあった日本人)と入ってくる豚(無規律で腐敗・無能が蔓延する外省人)を並べ、「犬は人間を守ることはできるが、豚はただ喰って眠るだけだ」と記した風刺画が各所に貼られたのは、この時期のことです。

 これに対して、外相人の官吏は本省人(第2次大戦以前からの台湾居住者)の“奴隷根性”を批判。両者の溝は深まるばかりでした。

 こうした状況の中で、本省人の不満が爆発したのが1947年の二・二八事件(台湾大虐殺)です。

 1947年2月27日、台北市で闇タバコを販売していた本省人女性に取締の役人が苛烈な暴行を加えたことに対して、翌28日、多くの本省人が市庁舎への抗議デモを行いました。これに対して、憲兵隊が発砲すると、抗争はたちまち台湾全土に拡大。本省人は多くの地域で一時実権を掌握しましたが、国府は大陸から大規模な軍隊を投入して3月末までに“暴徒”を鎮圧し、国府に批判的な市民を徹底的に弾圧しました。

 事件鎮圧後の1947年5月以降、郵便の現場でも旧台銀券の受け付けは停止され、“限臺灣省貼用”の切手の額面も純然たる旧台幣表示に変更されましたが、ついに、大陸と台湾で同じ通貨が使われることはなく、それゆえ、同じ切手が使われることもありませんでした。

 そうしたことからも、このブログでも行くとどなく繰り返し申し上げていることですが、いわゆる“一つの中国”が歴史的には全く根拠のないデタラメでしかなく、台湾が(少なくとも郵便という面では)いままで一度も“中国”に組み込まれたことはなかったことは明々白々です。

 したがって、わが国が台湾をどのように処遇しようと、中共ごときにとやかく言われる筋合いは全くありません。中共外務省の報道官は「日本側の行為は、日中共同声明の関係原則や精神に反し約束違反である。中国はすでに、日本に対して断固反対するとの態度を表明した」などと言っているようですが、常識的に考えれば、日中共同声明の方がはるかに外交の常識を逸脱した内容なわけであって、可能であるなら、そんなものは直ちに破棄してしまいたいというのが多くの国民の偽らざる感情でしょう。ましてや、台湾は2年前の震災に際して、他のどの国よりも多大なる善意を寄せてくれた国です。PM2.5の汚染物質を垂れ流し、わが国にも大きな被害を現在進行形で与えていながら、なんら恥じることのないファシスト国家と同様の扱いなどしたら、それこそ、失礼といえましょう。

 なお、いわゆる“一つの中国”がどれほど馬鹿げた妄想かという点については、拙著『事情のある国の切手ほど面白い』でも1章を設けてご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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