内藤陽介 Yosuke NAITO
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 北朝鮮切手60年
2006-03-13 Mon 22:04
 北朝鮮では、平壌市中区域の“朝鮮切手展示館”(朝鮮郵票社の建物のことでしょうか)で、切手発行60周年の記念切手展が行われているそうです。(写真は“会場の様子”とされるもの。元記事はこちら

北朝鮮切手展

 この写真を見る限り、展示は最近の切手が主なようで、1950年代までの貴重な切手・カバー(封筒)類がゴロゴロ展示されているというわけではなさそうですので、現地に乗り込んでいかなくてすみそうです。(なにせ、その昔、『北朝鮮事典』なんて本を作りましたからねぇ。当然向こうのブラックリストには入ってるでしょうから、現地に行くとなるとただではすまないでしょう。)

 で、HIDENさんのブログでこの展覧会のことを知るまですっかり忘れていたのですが、そういえば、北朝鮮最初の切手が発行されたのは1946年3月12日ですから、昨日でちょうど北朝鮮切手は60周年というわけです。

 それなら、ということで、北朝鮮最初の切手の画像をお見せしましょう。
 
 北朝鮮最初の切手

 北朝鮮で、日本切手に加刷したものではなく、正刷切手(オリジナル・デザインの切手)がこの時期に発行されているのは、その後の南北分断の歴史を考えると極めて重要な意味を持っています。

 この点については、以前の記事でも書いたことがありますが、もう一度おさらいしておきましょう。

 日本が降伏した1945年8月の段階で、ソ連が日本降伏後の朝鮮半島に衛星国を建設するという明確なプランを持っていたのに対して、アメリカは朝鮮半島の戦後処理についてなんら具体的な計画を持っていませんでした。このため、とりあえず、米ソの間で暫定的な境界線として北緯38度線が設定され、朝鮮半島は米ソによって分割占領されます。その後、同年12月にモスクワで開催された米ソの話し合いの結果、朝鮮半島を一定期間の信託統治下に置くというプラン(モスクワ協定)が決定され、発表されます。

 モスクワ協定が発表されると、即時独立を求める南朝鮮(大韓民国はまだできていません)では大規模な反対闘争が発生。これに対して、ソ連が着々とソビエト体制化をすすめていた北朝鮮では、ソ連の意を汲んだ金日成が信託統治を“ソ連による後見”と読み替えて賛成の意向を示します。そして、それに引きずられるかたちで、南朝鮮の左翼勢力も信託統治に賛成を表明し、南朝鮮は信託統治の是非をめぐって社会的に混乱しました。

 さて、ソ連は、モスクワ協定の段階では、朝鮮に南北統一の政府を作ることも考えていましたが、その後の南朝鮮の状況を見て南北の統一は無理と判断。とりあえず、自分たちが占領している北半部だけでも、自分たちの意のままになる政府を作り、そこから、影響力を南半部にも拡大していこうとする民主基地路線に大きく舵を切ります。そして、1946年2月には、事実上の北朝鮮政府として北朝鮮臨時人民委員会を発足させ、南北分断に向けての第1歩を踏み出すのです。

  今回ご紹介している切手は、そうした状況の下で、北朝鮮臨時人民委員会の名において発行されたもので、まさに、彼らが郵便の分野においても、自分たちの存在をアピールするためにつくったものとみなすことができます。

 ちなみに、北朝鮮では、1946年3月12日に、今回ご紹介したムクゲの切手とあわせて金剛山を描く切手も発行しています。この切手に関しては、またいろいろと面白い読み解き方ができるのですが、その辺については、今日のところは随分文章も長くなりましたので、又の機会にお話しすることにしましょう。
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