内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ベルリン王宮の再建はじまる
2013-06-13 Thu 10:56
 ドイツの首都ベルリンで、きのう(12日)、18紀に建てられた王宮を再建する工事の定礎式が行われました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ベルリン王宮

 これは、ナチス・ドイツ時代の1944年9月11日に発行された金工芸職人組合大会の付加金つき葉書で、当時は博物館として使われていたベルリン王宮が左側に大きく取り上げられています。

 ベルリン王宮は、1443年、フリードリヒ2世鉄歯侯がケルン市街の北側に築いたベルリン市城がそのルーツで、1701年にプロイセン王に即位したフリードリヒ1世によりバロック式の王宮として改修され、18世紀半ばにほぼ後年の姿となりました。

 1919年にドイツ帝国が崩壊した後、王宮の一部は博物館となり、他の部分は国家の式典などの行事に使われることになります。今回ご紹介の葉書は、そうした博物館時代の王宮を取り上げたもので、国名表示が“大ドイツ(GROSS DEUTSCHESREICH)”となっているのは、この葉書を含む付加金つきのセットのみです。なお、ここでいう”大ドイツ”というのは、1938年のオーストリア併合以降の呼称で、正式な国号とはなりませんでしたが1943年10月24日以降は切手の国名表示としても使われています。

 さて、博物館などとして使われていた王宮の建物は、第二次大戦末期の1945年2月、2度にわたる空襲により、外壁や建物の一部を残して焼け落ちました。このため、1945年から1950年までは、占領ソ連軍ならびに1949年に発足したドイツ民主共和国(東ドイツ)政府は屋根を掛けて仮設展示場として使用していました。しかし、東ドイツ政府は王宮をプロイセン軍国主義の象徴とみなし、1950年9月から12月30日にかけて解体工事を行い、その跡地は、当初はパレードのための広場として、1964年以降は、共和国宮殿を建造し、人民議会や美術館、レストラン、ボウリング場などに利用しています。

 その後、1990年10月のドイツ再統一の直前、共和国宮殿にはアスベストが多数使用されていることが判明。宮殿は閉鎖され、2003年までアスベスト除去作業を行った後、2008年までに解体・撤去されました。その跡地に王宮を復活させることについては、巨額の経費が掛かることもあって、一部に反対論もありましたが、最終的に、今回の再建工事着工になったというわけです。

 ちなみに、再建工事の総工費は5億9千万ユーロ(約750億円)で、完成は2019年の予定し。再建された“王宮”は、美術館などが入る複合文化施設として使用されることになっています。


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