内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ラトビアがユーロ導入へ
2013-07-10 Wed 20:41
 欧州連合(EU)は、きのう(9日)、ブリュッセルで財務相理事会を開き、EU加盟国のラトビアが2014年1月1日に欧州単一通貨ユーロを導入することを正式決定しました。ユーロ圏の拡大は2011年1月にユーロを導入したエストニア以来3年ぶりで、ラトビアは18番目のユーロ導入国となる予定です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像亜クリックで拡大されます)

       ラトビア・ラッツ加刷

 これは、1927年にラトビアで発行された改値加刷切手です。

 現在のラトビア国家に相当する地域は、第一次大戦以前は帝政ロシアに支配されていましたが、ロシア革命による帝政崩壊を経て1919年に独立しました。独立当初の通貨は、ロシア・ルーブルを継承したラトビア・ルーブルでしたが、1922年、新通貨としてラッツが導入されます。なお、ラッツというのは、ラトビア(Latvia)の最初の3文字を取ったもので、新旧通貨の交換レートは1ラッツ=50ラトビア・ルーブルでした。

 ラッツの導入に伴い、1923年には額面がラッツで表示された正刷切手が発行されましたが、1927年には今回ご紹介しているように、旧通貨の切手に新通貨の額面を加刷した切手3種(額面としては15サンティムスが2種、1ラッツが1種。1ラッツ=100サンティムス)が発行されました。

 その後、1939年に独ソ不可侵条約と併せて締結された秘密議定書により、1940年、ソ連はラトビアを併合。ラトビア・ソビエト社会主義共和国が樹立されましたが、翌1941年の独ソ戦勃発により、ドイツ軍に占領されました。当時のラトビア人の多くは、歴史的に反ロシア感情が強かったこともあり、ドイツ軍を“解放軍”として迎えましたが、1944年にはソ連が再占領。以後、1991年の独立回復まで、ソ連の支配下に置かれていました。

 再独立後も、当初はルーブルが使われていましたが、1993年にラッツが復活したものの、今回のユーロ圏加盟により、ラッツという名前の通貨はわずか20年(旧通貨時代の1922-40年をあわせても38年)で姿を消すことになりました。

 ユーロの先行きがどうにも不透明な昨今、あえてユーロ圏に加盟して本当に大丈夫なのかと他人事ながら心配になってしまいますが、ラトビアにおけるユーロの寿命が、まずはラッツを越えられるよう、お祈りしております。


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