内藤陽介 Yosuke NAITO
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 田沢型切手100年
2013-08-31 Sat 10:37
 1913年8月31日に、いわゆる田沢型切手(昔は“田沢切手”と呼んでましたな)が発行されて、今日でちょうど100年です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       大白初日印

 これは、大正天皇の御真影が印刷された絵葉書に、田沢型の1銭5厘および3銭切手を貼り、発行初日の大阪中央局の消印を押して作った記念品です。

 1912年7月30日、重度の尿毒症で危篤状態にあった明治天皇が崩御。ただちに皇位継承のための践祚の儀が行われ、皇太子・嘉仁親王が新天皇として即位され、元号は「大正」と改められました

 強烈なカリスマ性を持った明治天皇が亡くなり、その大葬に際して、学習院院長・乃木希典が夫人とともに殉死したことで、多くの国民は、一つの時代の終焉が強烈に印象づけられましたが、同時に、政府の側では、この代替わりに際して、いかにして明治天皇の権威を損なうことなく、新天皇としての大正天皇のイメージを国民に速やかに浸透させていくか、という問題を抱え込むことになりました。

 新天皇の即位を内外に誇示するための公式の行事としては、即位礼と大嘗祭をあわせた大礼がありますが、大礼は諒闇(服喪期間)が明けた後でなければ行うことはできません。しかも、大正天皇の場合には、1914年4月に明治天皇の皇后であった昭憲皇太后が崩御されたため、即位の礼の実施時期は1915年までずれ込んでいます。これは、新天皇の即位を宣伝する国家的イベントとしては、あまりにタイミングが遅すぎるといえましょう。

 このため、政府としては、大礼とは別に、大正新時代の到来を国民に対して印象づける措置を取る必要に迫られました。その一つとして目をつけられたのが、日常的に用いられる通常切手です。

 元号が明治から大正に変わった頃の通常切手は菊切手でした。

 菊切手は、日露戦争を間近に控えた1899年、いわゆる“臥薪嘗胆”の時代背景の下で産み落とされました。その後も、菊切手は、日露戦争を経て日本が朝鮮を併合し、関税自主権を回復して悲願の不平等条約撤廃をなしとげた明治の末年にいたるまで、10年余にわたって国民生活に深く浸透し使用されていました。良くも悪くも、時代を象徴する切手として国民の間に定着していたといえましょう。

 したがって、切手を発行している大日本帝国の側に、新天皇の即位にあわせて人心を一新する意図があるなら、明治天皇のイメージが染み付いた菊切手に代わる新しいデザインの切手を発行することを計画するのが自然な発想といえましょう。

 こうしたことから、逓信省は、1913年1月23日から3月15日までの期間で新通常切手のデザインを一般から懸賞公募。577点の応募作品の中から、一等に選ばれた田沢昌言(印刷局職員)の手になるアール・ヌーヴォー調の作品を新通常切手の図案として採用することになりました。ちなみに、田沢がこのとき受け取った賞金は200円(当時の葉書料金は1銭5厘)です。田沢のデザインした切手は、彼の名にちなみ“田沢型切手”と呼ばれており、額面によっては、昭和十年代半ば頃まで使用されました。

 菊切手のデザインが、菊花紋章を強調するあまりに、料金前納の証紙という切手本来の性質からすれば、主役であるべき額面を示す数字を脇役の位置に追いやっていたのに対して、田沢型切手は額面の数字が格段に目立つようになっているのが最大の特徴です。ややうがった見方かもしれませんが、田沢型のデザインは、実用性を重視することで切手上における菊花紋章の地位を相対的に低下させ、結果として、偉大なる明治の重圧から解放された新時代の到来を象徴するものとして受け入れられたのかもしれません。

 さて、田沢型切手の第1号として、書状基本料金用の3銭と葉書料金用の1銭5厘の2種類が発行されたのは、1913年8月31日、すなわち、大正天皇の誕生日(天長節)のことでした。

 ここで、大正時代の天長節について若干の補足的な説明をしておくと、大正天皇の実際の誕生日は1879年8月31日でしたが、この日は、学校の夏休み期間中と重なるなど時期的に不都合が多くあったため、1913年7月16日に発せられた勅令第259号により、2ヵ月後の10月31日を“天長節祝日”と定め、各種の記念行事は実際の天長節ではなく、天長節祝日に行うこととしました。ただし、1913年に関しては、この勅令が発せられたのが、天長節の直前であったため、各種の記念行事は8月31日に行われています。この結果、大正時代の天長節関連行事は、1912-13年には8月31日に、1914-26年は10月31日に行われるという変則的な状況となりました。

 さて、切手の発行日に話を戻すと、最も需要の見込まれる1銭5厘と3銭の切手が本来の天長節である8月31日に発行されたことで、他の額面の切手が出揃わなくとも、政府サイドとしては、とりあえず、新たな天長節にあわせて“新切手”が発行されたという体裁を整えたことになります。

 さらに、この2種につづき、5厘、1銭、2銭、4銭、5銭、10銭、20銭、25銭、1円の9種類の切手は、2ヵ月後の10月31日、すなわち、翌年から天長節祝日となる日に発行されています。

 このような日程が組まれた背景には、新たに発行される田沢切手を大正天皇と結び付けることで、日常の身近なところで、新時代の到来を国民に実感させるという政府の意図があったことはいうまでもありません。その意味では、装飾的で、それじたいは何の意味も持たないかのように見える田沢切手もまた、国家のメディアとして、新天皇の存在を国民に浸透させる役割を付与されていたとみなすことができましょう。

 なお、このあたりの事情については、拙著『皇室切手』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
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この記事のコメント
#2294
田沢型って何ですか?
2013-09-01 Sun 01:16 | URL | もっくん #L6L1d2IA[ 内容変更] | ∧top | under∨
・もっくん様
 田沢昌言(印刷局職員)のデザインした普通切手の総称です。
2013-09-01 Sun 09:15 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
#2297
お答え戴き、ありがとうございます。
2013-09-01 Sun 17:39 | URL | もっくん #L6L1d2IA[ 内容変更] | ∧top | under∨
・もっくん様
 ご丁寧にありがとうございます。
2013-09-10 Tue 08:48 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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