内藤陽介 Yosuke NAITO
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 サンクトペテルブルクとレニングラード
2013-09-05 Thu 13:49
 きょう・あす(5・6日)、ロシアのサンクトペテルブルクで主要20カ国・地域(G20)首脳会議が開催されます。というわけで、サンクトペテルブルクがらみのこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      サンクトペテルブルクからエネム宛     サンクトペテルブルクからエネム宛(裏面)

 これは、1995年3月10日、サンクトペテルブルクからアディゲ共和国のエネム宛に差し出されたものの、差出人戻しとなったカバーとその裏面(消印部分)です。差出人による差出地の書き込みは“サンクトペテルブルク”になっていますが、押されている消印・到着印の地名はソ連時代の“レニングラード”表示のままで、CCCPの表示も入っています。

 ロシア帝国時代の首都であったサンクトペテルブルクは、帝政末期の1914年にペトログラードと改称され、ソ連成立後まもない1924年にレニングラードと改称されましたが、1991年のソ連崩壊を受けて、住民投票により旧称のサンクトペテルブルクに戻されました。なお、ソ連時代の1927年、レニングラード市を州都とするレニングラード州が設置されましたが、この州名は現在でも変更されていません。ただし、サンクトペテルブルク市はレニングラード州の州都でありながら、ロシア連邦直轄の連邦市として行政上は州から独立しているということで、ちとややこしいですな。

 今回ご紹介のカバーは、都市の名前がサンクトペテルブルクに戻ってから3年以上が過ぎた1995年のモノですが、サンクトペテルブルクほどの大都市の郵便局となると、押印機や印顆もかなりの数が必要となるでしょうから、ソ連時代のモノも排気されずに使われ続けたということなのでしょう。

 宛先のエネムは、アディゲ共和国の首都マイコープから245km東北、クラスノダール=ノヴォロシスク間の幹線道路沿いに位置する都市で、1890年、コサックの駐留地として建設されました。カバー裏面には、マイコープとエネムの印も押されていますが、こちらは、現在のロシア連邦になってから配給されたものです。


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