内藤陽介 Yosuke NAITO
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 エチオピアで初
2013-10-21 Mon 22:59
 “マラソン王国”として知られるエチオピアで、きのう(20日)、首都アディスアベバの南275キロのハワサで同国初の国際マラソン大会が行われました。というわけで、きょうは、エチオピア切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       エチオピア・1895(紋章)

 これは、1895年に発行されたエチオピア最初の切手の1枚です。エチオピア最初の切手のデザインは、皇帝メネリク2世の肖像を肖像を描くものと、皇帝を象徴するユダヤの獅子の紋章を描くもの2図案がありますが、今回は後者をご紹介しています。
 
 エチオピアにおける最初の近代郵便は、1867-68年に侵攻した英国が、1867年11月、紅海沿岸の港町マサワに郵便局を設置し、インド切手を持ち込んで郵便活動を行ったのが最初です。その後、1875年にはエジプトが東部の都市、ハラールを占領し、エジプト切手を持ち込んで郵便事業を行いました。

 エチオピア独自の郵便制度としては、メネリク2世の宮宰であったスイス人のアルフレッド・イルグが、1892年、近代郵便制度の創設と切手の発行を建議。この建議は、翌1894年3月9日、アディスアベバ=ジブチ鉄道の建設計画とともに皇帝の裁可を受け、フランスの切手印刷局に最初の切手の印刷が発注されました。切手の製造を担当したのは、1896年のギリシャのオリンピック切手や、フランスの“ムーション・タイプ”などの切手のデザイナーとして知られるルイ=ユージン・ムーションで、最初の切手が首都アディス・アベバとハラールの郵便局に配給されたのは1895年になってからのことでした。

 当初、郵便事業の実務はハラール駐在のカトリックの宣教師に委託されていましたが、イタリアの侵攻による第1次エチオピア戦争の余波で郵便物の逓送に遅れが生じるようになると、イルグは祖国スイスからスタッフを雇い入れ、アディスアベバ=ジブチ鉄道を用いて自前の郵便輸送を行いました。その後、ハラール駐在の宣教師による郵便物の仲介は、1904年、ディレ・ダワ(アディスアベバ=ジブチ鉄道は、当初、ハラールを通る予定でしたが、資金の節約のためにルートが変更され、ハラールを通らないことになったため、ハラールに最も近い鉄道上に新都市として、1902年に建設されました)に郵便局が開設されるまで続きました。

 なお、エチオピアは1908年にUPUに加盟申請を行いましたが、エチオピアの植民地化を狙っていたイタリアはこれに強硬に反対したものの、最終的にイタリアの敗退を予想していたフランス・ロシア・スイスはエチオピアを支持し、同年11月1日、UPU加盟を果たしています。
 

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