内藤陽介 Yosuke NAITO
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 戊辰戦争と日清戦争
2005-06-29 Wed 01:57
 昨日に続いて、皇室切手の本の作業途中で拾った話を書きます。

 1896年8月、日清戦争の勝利を記念するという名目で、日清戦争中に病没した有栖川宮(下の画像の左)と北白川宮(同じく画像右)の二人の肖像を描く切手(ともに、2銭と5銭の切手が発行されたので、セットとしては4種1組となる)が発行されました。

有栖川

北白川

 この2人の肖像が、記念切手に取り上げられた理由としては、「戦捷を華々しく記念する切手を発行すると清国の国民感情を害するおそれがあったため、亡くなった2人を偲ぶことで、ひっそりと戦勝を祝う意図があった」というのが一般的な説明です。

 僕も、そうした一般的な理解を否定するつもりはないのですが、この2人が同時に切手に取り上げられた背景には、もう少し別の事情もあったんではないかと考えています。

 というのも、有栖川宮は戊辰戦争の際の東征大総督、つまりは官軍のトップでした。一方、北白川宮は、いろいろと経歴をロンダリングしていますが、戊辰戦争の際は“輪王寺宮”として上野の山に立てこもり、官軍と戦っていた人間、つまりは賊軍の象徴的な存在でした。

 つまり、戊辰戦争で敵と味方に分かれて戦った2人の皇族は、わずか20数年後の日清戦争では、ともに帝国陸軍の幹部として亡くなり、靖国神社(戊辰戦争の際の賊軍の死者は祭られていません)に祭られているのです。

 戦争の清算がいつ済むのか、ということはケース・バイ・ケースでしかいえないのですが、一般的に言ってしまえば、次の戦争が起こって、それが勝利に終われば、前の戦争の記憶(特に敗戦の記憶)はきゅうそくに風化するものと思われます。

 戊辰戦争の“勝組”であった薩長藩閥が政府の要職を独占し、旧賊軍の流れを汲む“負組”の人たちは、明治という時代を通じて、社会的に不遇な状況に置かれつづけていました。そうした“負組”のルサンチマンを浄化する上で、挙国一致体制をもたらした日清戦争の持っている意味は、現代の我々が考えている以上に大きかったのではないかと思います。

 そのように考えると、2人の皇族の肖像を描いた切手は、それ自体、戊辰戦争が(少なくとも公的な言説の場では)完全に清算されたことの、一つの証言だったのではないか、と考えてしまうのです。

 現在、執筆中の“皇室切手本(タイトルが未定なので、とりあえず、こう呼ばせてください)”では、こうしたことを含めて、この切手にまつわるさまざまな伝説の虚実を僕なりに検証してみました。今秋、無事に刊行の運びとなり、皆様にお読みいただけるよう、現在、鋭意作業を進めているところです。
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この記事のコメント
#1585
参考『台湾の歴史の教科書に見る 公学校と小学校』 1

國中・社會(第二冊)課本 (仁林文化)

 出版者: 仁林文化出版企業股(イ+分)有限公司
 総公司: 106臺北市大安區信義路二段72號2樓
 出版日期:中華民國九十二年 元月 初版
      中華民國九十六年 元月 五版

  2 日本統治時期
   第二節 殖民經濟與教育發展

    p78
    教育制度

       日治時期的教育方針、初期是採取臺灣人、原住
     民、日本人三個系統及小學校、公學校雙軌教育、實
     行隔離政策和差別待遇。
     ~

    (訳)            (注:訳は大体です。以下同じ)
     日本統治時期の教育方針は、
     初期には台湾人と原住民、日本人の
     三個系統、及び、小学校、公学校の2種類の教育を
     採用して、隔離政策と差別待遇を実行した。
     ~

  以下 
  http://margo.blog.so-net.ne.jp/2009-06-21?comment_success=2009-11-21T20:11:47&time=1258801907
   いるかのしっぽ
    NHK『JAPANデビュー』抗議デモ渋谷6月20日
     コメント欄参照
2009-12-15 Tue 15:39 | URL | グリーン中山 #JnoDGgPo[ 内容変更] | ∧top | under∨
 グリーン中山様

 詳細な情報ありがとうございます。

 台湾については、雑誌『東亜』の連載をもとに、いずれ書籍をまとめてみたいと思っていますので、今後ともよろしくご指導ください。
2009-12-19 Sat 21:35 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
#2053 日清戦勝の切手について
たびたび失礼いたします。
私は以前にも書き込みをさせていただきましたが、皇室切手を収集しています。
皇室切手といえば、大婚_年、ご成婚、大礼、立太子礼、ご帰朝、御訪欧、御訪米、御即位_年等が主として挙げられると思います。また、私はそのほかに「新宮殿落成記念」も皇室切手として挙げられるのではないかと思っています。その理由ですが、私個人の意見といたしましては、宮殿、すなわち、天皇のお住まいであるからです。
ここで、内藤先生にお尋ねしたいのですが、ここで取り上げられている「日清戦勝」の切手についてです。
この切手は、皇室切手といえるのでしょうか?
この切手は日清戦争に日本が勝利したことを記念して発行されています。切手には何も記載がありませんが・・・。また、スコットカタログにも同様に日清戦争勝利と記載されています。
しかし、ここで取りあげられている切手に描かれている肖像は皇室関係の宮様です。
私が教えていただきたいのは、この日清戦勝の切手を皇室切手として収集しておくべきか否かです。
ちなみに、失礼で申し訳ありませんが、私が内藤先生の著書「皇室切手」を知ったのはごく最近で、今現在所有しておりません。
内藤先生のお考えはどうでしょうか?
御教示いただけないでしょうか?
よろしくお願いいたします。
2011-10-22 Sat 17:16 | URL | 岡田 和也 #WJ9iU69.[ 内容変更] | ∧top | under∨
・岡田和也様

 拙著は、天皇・皇族の肖像と切手との関係を考えるという視点で書きましたので、抜かしてしまいましたが、たしかに、宮殿落成は皇室切手に入れるべきでしょうね。“皇室切手”の範囲をどこまで広げるかにもよるとも思いますが、広く取るのであれば、雅楽や正倉院御物なども入ってくることになるのでしょう。

 日清戦勝については、戦争中に亡くなった宮様追悼の意味も込めて発行されたという経緯がありますので、僕は“皇室切手”に入れています。ただ、直接に皇室を題材としたものではないので、省いてしまうというのも一つの考え方でしょう。

 いわゆる境界線上にあたるともいえますので、入れても入れなくても、どちらでもよいと思います。
2011-10-24 Mon 10:32 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
「日清戦勝」の4種の記念切手ですが、内藤先生のおっしゃる通り、皇室には直接関係ないですが、宮様の顔が描かれているということで、皇室に関係していると当方も考え悩んだ末、購入することにいたしました。
以上、ご報告まで。
2011-11-02 Wed 21:26 | URL | 岡田 和也 #WJ9iU69.[ 内容変更] | ∧top | under∨
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