内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 12月宗派事件
2013-12-13 Fri 23:08
 金正恩第1書記の叔父で後見人とされていながら、今月8日、国防副委員長をはじめすべての役職を解任された張成沢が、きのう(12日)、特別軍事裁判所の裁判でクーデターを画策した「国家転覆陰謀行為」の罪で死刑判決を受け、即時処刑されました。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。

       北朝鮮・解放11周年

 これは、1956年7月24日に北朝鮮が発行した“解放11周年”の記念切手です。この切手が発行された時期は、今回の事件が起こるまで、北朝鮮史上最大の粛清事件(のひとつ)とされていた“8月宗派事件”の最中にあり、よくよく見ると、事件の影響が切手にも表れているように僕には感じられます。

 朝鮮戦争の休戦後、北朝鮮はソ連・東欧諸国や中国の支援により、戦後復興3ヵ年計画を実施。1956年までには、一応の経済復興を果たしました。

 しかし、その後の経済建設の方針をめぐって、自立的民族経済建設のために重化学工業路線を優先する金日成ら抗日パルチザン出身グループと、軽工業・消費財生産を優先し、ソ連を中心とする国際分業体制への積極的参加を主張するソ連派および延安派(中国派)との路線対立が発生。このため、ソ連派・延安派は、フルシチョフによるスターリン批判を契機に、ソ連や中国を背景として金日成を排除しようと考えました。

 こうした状況の下、1956年6月1日から7月19日まで金日成は経済援助を得るためにソ連・東欧諸国を訪問しましたが、ソ連派・延安派はこの機会をとらえ、8月2日に予定されていた朝鮮労働党中央委員会全体会議(以下、全体会議)で金日成に対する批判の演説を行うとともに、平壌近郊に駐屯している第4軍団と市内の防空砲隊、工兵部隊などと連携して武力デモを展開するクーデター計画を立てました。

 しかし、金日成支持派はこうしたクーデター計画を事前に察知。報告を受けた金日成は直ちに帰国し、8月2日に開かれることになっていた全体会議を延期し、巻き返しを図ります。

 今回ご紹介の切手はそうした権力闘争の最中に発行されたものですが、前年まで8月15日に発行されていた“解放X周年”の記念切手を前倒しして7月中に発行しているのは、場合によっては、8月15日当日は解放記念日どころではなくなっていることを金日成政権が予期していたからかもしれません。また、切手にはソ連軍による朝鮮解放に感謝するとして建てられた解放紀念塔は描かれていますが、ソ連国旗は描かれていません。これは、それ以前に北朝鮮で発行された解放記念切手にはソ連国旗が必ず描かれていたことを考えると異例なことで、反金日成勢力の背後にソ連がいることを察知した金日成政権が、抗議の意味を込めてソ連国旗を切手から外したと考えるのが妥当なようにも思われます。(解放紀念塔が残っているのは、ソ連と決定的に断絶するつもりはないという微妙な態度の表れでしょう)

 結局、8月29日に開催された全体会議では、金日成の基調報告が終わった後、延安派やソ連派の幹部たちは金日成の個人独裁路線や重工業優先政策を批判したものの、思うように支持を得られず、クーデターの試みは失敗。首謀者とされたソ連派の朴昌玉(副首相)と延安派の崔昌益(副首相兼財務相)が逮捕され、党から除名されたほか、延安派の幹部は中国に逃亡しました。

 事件後、ソ連第一副首相のミコヤンと中国国防部長の彭徳懐が訪朝し、両者に対する除名処分を撤回させ、九月に開催された党中央委員会全員会議では、朴・崔の両名は、いったんは党中央委員に復帰します。しかし、金日成は、1956年末からの党員証交換事業や翌1957年からの集中指導の実施などにより、ソ連派・延安派に対する本格的な粛清を開始。1958年までに、中ソ両国と関係のある“反党分派”勢力は根こそぎ弾圧され、ソ連国籍をもっていた人物の多くは北朝鮮を脱出しました。

 以上が、いわゆる8月宗派事件のあらましで、事件後、北朝鮮は事実上の“宗主国”であったソ連に対して、北朝鮮が自主路線を志向することになります。

 さて、今回の“張成沢一派”の粛清劇ですが、張本人が中国と関係の深い人物であったことに加え、張と関係の深かった経済担当の副首相2人(盧斗哲・国家計画委員長と李務栄・化学工業相)が中国に亡命を申請し、中国当局が保護しているところから、北朝鮮当局が発表したようなクーデター計画が実際にあったかどうかはともかく、なんらかのかたちで“中国問題”が背景にあることは間違いないでしょう。8月宗派事件当時のソ連と北朝鮮の関係は、ある意味で、現在の中国と北朝鮮の関係とパラレルなわけですが、今回の一件(8月宗派事件に倣えば、後代の歴史家は12月宗派事件とでも名付けるのでしょうか)を機に、金正恩の北朝鮮が中国からの自立を企図したとして、はたしてそれが現実に可能なのかどうか、あるいは、そのことでわが国にどのような影響が及んでくるのかといった点については、今後の情勢を注視していくしかありますまい。


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は1月7日(原則第1火曜日)で、以後、2月4日と3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。
スポンサーサイト

別窓 | 北朝鮮:金日成時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< ヘンリー王子、南極点到達 | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  ケニア独立50年>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/