内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手に描かれたソウル:楽全斎
2013-12-16 Mon 11:16
 ご報告がすっかり遅くなってしまいましたが、『東洋経済日報』11月22日号が刊行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は刊行日の11月22日が、いまから半世紀前の1963年に朝鮮王朝最後の皇太子で、当時の李王家の当主、李垠・方子夫妻が56年ぶりに韓国へ帰国した日にあたっていましたので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

       昌徳宮シート

 これは、2001年に韓国で発行された“世界遺産・昌徳宮”の小型シートです。昌徳宮そのものは以前にも「切手に描かれたソウル」の連載でも取り上げたことがあるのですが、今回は、シート余白の左下に見える楽全斎を取り上げたくて、このシートをご紹介しました。

 朝鮮王朝最後の皇太子・李垠は、朝鮮王朝が大韓帝国と改称した1897年、皇帝・高宗の第7子として生まれました。1907年7月、いわゆるハーグ密使事件で父親が退位に追い込まれ、異母兄の純宗が皇帝として即位すると皇太子となりましたが、同年12月には“日本留学”のため、ソウルを後にしています。

 1910年の日韓併合後は、日本の王族として皇族に準じる待遇となり、陸軍幼年学校・同士官学校で教育を受けて、1917年、少尉に任官。1920年、日本の皇族・梨本宮家の方子女王と結婚します。“内鮮一体”のための政略結婚でしたが、2人の間には真の愛情がはぐくまれたそうです。

 日本の敗戦後は、1947年には李王(1926年の純宗崩御により身分を継承)の地位を失ったばかりか、日本国籍も失い、邸宅(2011年まで赤坂プリンス・ホテルの旧館として用いられていたことは有名です)をはじめ資産の売り食い生活を余儀なくされます。また、朝鮮戦争中の1950年、マッカーサーとの会見のために来日した李承晩に祖国への帰国を要望するも、李承晩は旧李王夫妻の帰国によって自らの地位が危うくなると考え、帰国を歓迎しないと応じたため、李垠は帰国を断念せざるを得ませんでした。

 その後、1959年に李垠は脳梗塞で倒れたのを機に、その後遺症に悩まされるようになり、1961年には築地の聖路加病院に入院します。

 この間、1960年に李承晩は学生革命によって政権の座を追われてハワイに亡命。混乱の後、1961年に権力を掌握した朴正煕は、翌1962年、李垠の韓国籍を回復させ、方子も韓国籍を取得しました。

 1963年に入ると李垠の容体は悪化し、5月には東京・赤坂の山王病院に入院。このため、朴正煕は李垠夫妻に韓国での生活費や療養費を政府が保証するので、帰国されたしと連絡し、11月22日、李垠夫妻の帰国が実現します。しかし、重病の床にあった李垠にはすでに意識はなく、ソウルの聖母病院に直行。そのまま、1970年に亡くなりました。

 一方、方子は、昌徳宮内の楽善斎(朝鮮王朝時代、王の妻妾などが、王の死後、余生を過ごした建物)を住居として、趣味で作っていた七宝焼を売るなどして資金を稼ぎ、福祉活動に専念。知的障害児施設の明暉園や知的障害時養護学校の慈恵学校を創設・運営し、韓国の国民から「韓国障害児の母」として尊敬を集め、1981年には韓国政府から牡丹勲章を授与されました。

 1989年4月30日、彼女は87歳の波乱の生涯を閉じますが、その葬儀は韓国皇太子妃の準国葬として執り行われ、日本からも三笠宮ご夫妻が参列されています。また、当時の盧泰愚政権は、韓国国民勲章槿賞(勲一等)を追贈しました。

 今回ご紹介の切手は、昌徳宮を題材としたもので、切手本体には、王宮の中心となる仁政殿と公式の執務の場である宣政殿が取り上げられていますが、そのシート下部左側の余白には、隣接する昌慶宮側から見た楽善斎の特徴ある屋根がしっかりと取り上げられています。

 建物としての本来の性格上、王宮の他の建物とは異なり、楽全斎は丹青(五色の彩色)が塗られていない、質素な外観であす。したがって、ビジュアル面だけでいえば、王宮内の数ある建物の中で、楽全斎を取り上げるべき必然性はないと考えるのが自然でしょう。

 それにもかかわらず、あえて、仁政殿と宣政殿の切手と並べて、シートの余白に楽全斎が見えるような構図が採用されたのは、やはり、楽全斎から連想される李方子への感謝の思いがさりげなく表された結果とはいえないでしょうか。少なくとも、当時の韓国政府には、そうした意識があったのだと思いたいところです。

 なお、『東洋経済日報』の連載は、紙面の都合で12月は救済となります。次回は年明け1月の掲載になりますので、よろしくお願いします。 


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