内藤陽介 Yosuke NAITO
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 首相、コート・ディヴォワールへ
2014-01-11 Sat 10:18
 中東・アフリカ諸国を歴訪中の安倍晋三首相は、きのう(10日)、2番目の訪問国、コート・ディヴォワールを訪問し、最大都市のアビジャン(現在のコート・ディヴォワールの首都はヤムスクロです)でワタラ大統領と会談しました。日本の首相の仏語圏西アフリカ地域への訪問は、今回が初めてのことだそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       コート・ディヴォワール・切手展

 これは、1969年2月14-23日にアビジャンで開催されたアフリカ地域の国際切手展<PHILEXAFRIQUE>の記念切手で、同国出身の画家、クリスティアン・アシャルムの1966年の作品『グラン・バッサム』が取り上げられています。グラン・バッサムは、コート・ディヴォワール南部、ギニア湾岸の都市で、1893年から1896年までは仏領コート・ディヴォワールの首都だったこともあります。

 1969年の<PHILEXAFRIQUE>は仏語圏西アフリカ諸国からの出品を中心に開催された国際切手展で、当時、仏語圏西アフリカ諸国ではオムニバス形式で記念切手が発行されました。コート・ディヴォワールが最初の開催国となったのは、当時、この地域で同国の政情がきわめて安定しており、経済力でも他を圧倒していたという事情があります。今回、安倍首相が、仏語圏西アフリカ諸国で最初の訪問先にコート・ディヴォワールを選んだのは、3億人を擁する西アフリカ諸国の中で同国が経済の中心と位置付けられているからと説明されていますが、今回ご紹介の切手も、それを歴史的に裏付ける証拠といえるかもしれません。

 コート・ディヴォワールは西アフリカのギニア湾に面した国で、東にガーナ、北にブルキナファソ、マリ、西にギニア、リベリアと国境を接しています。

 もともと、この地域は、15世紀にポルトガル、イギリス、オランダなど西欧の貿易船が奴隷と象牙の売買に来航し、以来、象牙海岸と呼ばれていました。1960年の独立に際しては、フランス語の“コート・ディヴォワール(Côte d'Ivoire)”が国号とされましたが、その後も多くの国は“象牙海岸”を自国語に訳してしまい、日本語・中国語の“象牙海岸”、英語の“Ivory Coast”、ドイツ語の“Elfenbeinküste”、スペイン語の“Costa de Marfil”、イタリア語の“Costa d'Avorio”等の表記が各国で用いられていました。このため、コート・ディヴォワール政府は、各国に対して翻訳国名ではなくフランス語国名の使用を要請。現在では、日本の公文書でも“象牙海岸”ではなく、“コートジボワール”と表示されるようになりました。

 さて、この地域におけるフランスの進出は17世紀から本格的に始まり、1893年にはフランスが植民地化します。ただし、現地住民の抵抗も強く、現在のコート・ディヴォワール国家に相当する領域全域をフランスが制圧したのは1917年のことでした。

 第二次大戦後、フランス第4共和政が成立し、植民地からも議員が選出できるようになると、1946年、ウフェ=ボワニ(後のコート・ディヴォワール初代大統領)を中心に仏領西アフリカと仏領赤道アフリカの政治家が集まってアフリカ民主連合を結成。独立運動を展開します。

 その後、アフリカ民主連合内で、仏領各植民地の分離独立論と汎アフリカ主義・仏領西アフリカ連合論が対立すると、ウフェ=ボワニは分離独立派の中心人物として活動。フランス第5共和政の発足に伴い、コート・ディヴォワールは、1958年12月、フランス共同体内の自治共和国となり、1960年8月7日に正式に独立。初代大統領にはウフェ=ボワニが就任しました。

 独立後のウフェ=ボワニ政権は、親仏政策を取るとともに、コート・ディヴォワール民主党(PDCI。もともとはアフリカ民主連合のコート・ディヴォワール支部)による一党独裁体制を敷き、主要産業であるカカオの生産と輸出を国家が管理する体制を構築し、1960年代から1970年代にかけて年平均8パーセントの驚異的な経済成長を達成。アフリカの新興独立国の多くが経済的に低迷を続ける中で、彼の国家運営は“イヴォワールの奇跡”と称賛されました。

 しかし、1980年代以降はカカオの国際相場の下落による経済の悪化や、PDCIの一党独裁に対する国民の不満が高まったこともあり、1990年10月には初めて複数候補による大統領選を実施せざるを得なくなります。このときの選挙ではウフェ=ボワニが圧勝して7選したものの、翌11月の総選挙では、イヴォワール人民戦線(FPI)など野党もわずかながら初めて議席を獲得しました。

 ウフェ=ボワニは大統領在任中の1993年に現職のまま亡くなると、憲法の規定に則って、国民議会議長でPDCI党員のコナン・ベディエが第2代大統領に就任しますが、以後、政局は次第に不安定化。1999年12月には軍によるクーデターが発生。2002年9月には政府軍と反政府勢力との対立から、反政府勢力が国土の北部・西部を支配下に置き、事実上国を二分する内戦状態となりました。

 その後、2007年3月、紛争当事者であるバグボ大統領と反政府勢力ソロ“新勢力”事務局長との間で和平プロセスを進めるための合意(ワガドゥグ合意)が成立し、とりあえず、国を二分する状況は解消されました。しかし、和平ならびに選挙プロセスは大幅に遅れ、2010年11月に行われた内戦後初の大統領選挙では、ワタラ新大統領が国際社会の承認を得て勝利宣言を行い、一度は就任式を行ったものの、バグボ前大統領側がこれを認めず、独自に就任式を行って内戦が再燃。2011年4月11日に前大統領の身柄が拘束されるまで、約4カ月にわたる内戦で、推計3000人が犠牲になり、敵対勢力の襲撃を恐れ避難生活を続ける住民も全土で3万人にも及びました。また、その余波で、現地の日本大使公邸が襲撃され、岡村善文大使がフランス軍に救出され命からがらパリに逃げ出すということもありましたな。

 前大統領の拘束を受け、新大統領は、2011年5月5日に旧バグボ派の憲法評議会に当選を改めて認定させ、翌6日には就任宣誓もやり直し、手順を踏んだ上で、ようやく、ワタラ政権が正式にスタートしました。その後は、情勢は落ち着きつつあるものの、虐殺疑惑の真相解明、国民和解などの重い課題が残されています。

 コート・ディヴォワールの現代史を概観すると、あらためて、初代大統領ウフェ=ボワニの偉大さがわかります。過去の植民地支配に対する怨念にとらわれず、西側寄りの穏健かつ現実的な外交政策をとってきたことで“イヴォワールの奇跡”と称される経済成長を実現したウフェ=ボワニの物語は、一党独裁体制下での長期政権ということともあわせて、“漢江の奇跡”を実現した韓国の朴正熙時代とパラレルなものがあるともいえそうです。いずれにせよ、外国人による植民地支配の経験がその国の人々にとって不愉快なものであることは誰しも否定できない事実ですが、そのこととは別に、植民地支配によってもたらされた“恩恵”の部分を冷静に受け止め、現実的な国益という観点から、旧宗主国に対しても穏健な外交政策を展開できるか否かが、新興独立国の国家建設が成功するかの分かれ道となっているといえそうです。その意味でも、漢江とイヴォワールのふたつの“奇跡”の物語を比較してみると、いろいろと興味深いことが浮かび上がってくるかもしれません。


 ★★★ 展示イベントのご案内 ★★★

 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のバンコク展に出品した朝鮮戦争のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は2月4日(原則第1火曜日)で、ついで、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

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