内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 イナメナス事件から1年
2014-01-16 Thu 14:06
 アルジェリア南東部、リビアとの国境に近いイナメナス近郊で、日本人技術者も犠牲になったアルジェリア人質拘束事件が2013年1月16日に発生してから、今日でちょうど1年です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       イナメナス・油田

 これは、1960年代のイナメナス近郊の油田を取り上げた絵葉書です。

 イナメナスでは、1960年代から、フランスの石油探査局(BRP:Bureau de recherche de pétrole。現トタル)と石油開発会社エルフ・アキテーヌ、オランダのロイヤル・ダッチ・シェルが設立した現地子会社によって油田の開発が始まりました。その後、2006年にはアルジェリアの国有企業であるソナトラック、英国のBP、ノルウェーのスタトイル社が開発を引き継ぎ、アルジェリア最大の液化天然ガスプラントの開発が進められています。その生産量は、2010年の統計で、原油1日5万バレル、天然ガス年間900万立方メートルに及んでいます。

 1962年の独立後、アルジェリアでは、民族解放戦線(FLN:Front de Libération Nationale)の一党独裁による社会主義体制が敷かれていましたが、1970年代末期になると、その矛盾が次第に明らかになります。1979年に発足したシャドリ・ベンジェディド政権は、経済再建を目指して主要国営企業の分割と地方分散化を決定したものの、結果的に非効率的な国営企業が増やすだけに終わり、稼働率は大幅に低下。従業員の給与支払も滞るようになりました。

 さらに、独立時1000万人だった人口は1988年には2220万人にまで膨れ上がったため、失業問題が慢性化し、国民の生活インフラも追い付かない状況の中で、1985年になると、アルジェリアの主要輸出品である原油と天然ガスの価格が下落。アルジェリア経済は急速に悪化し、デフォルトに陥ります。これに対して、シャドリ政権は輸入抑制政策で対応しようとしたため、輸入に頼っていた食糧の供給が大幅に不足し、国民生活は悪化しました。

 こうしたことから、長年の一党独裁に対する国民の不満が爆発。1988年10月、自然発生的に大規模な食糧暴動が発生し、2万人のデモが軍と衝突し数十人が亡くなります。これに対して、シャドリ政権は戒厳令を施行する一方、市民による政治改革・民主化要求に対して、党機構改革と集会・結社の自由、言論の自由を保証する憲法改正を決定。この憲法改正案は、1989年2月の国民投票によって採択されました。

 憲法改正後の1990年6月、独立後初めて行われた地方選挙で、独立以来一党支配体制を敷いてきたFLNが惨敗し、イスラム原理主義運動を母体とするイスラム救国戦線(FIS:Front Islamique du Salut)が圧勝。さらに、翌1991年12月の国民議会選挙でも、FLNが惨敗し、FISが圧勝しましたが、軍部は、イスラム原理主義政権の樹立を防ぐため、1992年1月にシャドリ大統領を辞任に追い込むとともに、新設した国家安全最高評議会(HCE:Haute Comité d'Etat)へ統治権限を移行したうえで、行政命令によりFISを非合法化します。この結果、HCEに反発するイスラム原理主義過激派のテロが活発化し、アルジェリアは内戦状態に突入しました。

 その後、軍部の主導により、1996年に国民投票が行われ、宗教に基づく政党を禁止する憲法改正が行われたのを受けて、1999年4月、大統領選挙が行われ、34年ぶりの文民大統領として、元外相のアブデルアジズ・ブーテフリカが当選。ブーテフリカは、内戦を収束させるべく、イスラム過激派との対話を進め、1999年9月、国民投票により、イスラム過激派に恩赦を与える「国民和解法」を成立させました。そして、国民和解法の成立後の2000年1月、FISの軍事部門であるイスラム救国軍(AIS:L'Armée islamique du salut)が大統領による恩赦を受けて解散し、ようやく、アルジェリアの内戦も終結しました。10年間の内戦による犠牲者は、少なく見積もっても4万4000人、最大で20万人ともいわれています。

 その後も、“恩赦”と拒否する武装集団はアルジェリア北部のカビリ地方で“宣教と戦闘のためのサラフィー主義集団(GSPC)”を結成し、アルジェリア政府の転覆を目指したテロ活動を継続。後に、GSPCはアル・カーイダとの関係を深め、2007年に“イスラム・マグリブ諸国のアル・カーイダ機構(AQIM)”へと改組され、現在にいたっています。

 人質事件を起こした“イスラム聖戦士血盟団”は、このAQIMから分派して誕生した組織で、リーダーのモフタール・ベルモフタールは1972年、アルジェリア中部のガルダイア生まれ。アフガニスタン内戦に義勇兵として参加し、帰国した後、GSPCには設立時から参加していましたが、2007年頃から、アルジェリア国内のみならず、マリ、ニジェールなどを中心に身代金目的の外国人誘拐事件や、南米から欧州へ流入する武器・麻薬の密輸などを行っていました。2011年4月にはマリ北部のガオでアルジェリアの外交官7人を誘拐したほか、7月にはアルジェリア警察施設を襲撃しており、アルジェリアの裁判所から欠席裁判で死刑判決を受けています。

 イナメナスでの人質事件に際して、モフタールは、公式には、人質の安全と引き換えに、マリに軍事介入したフランスの作戦を停止するよう要求するとともに、「われわれの要求が受け入れられなければ、それはアルジェリア政府やフランス政府、そして人質が属する国々の責任であり、マリにいるわれわれの同志に対する残酷な攻撃を止めるかどうかは彼ら次第だ」と主張していました。しかし、人質事件が用意周到な準備の上に実行に移されたことは誰の目にも明らかで、事件数日前のフランスによるマリへの軍事介入が直接の動機となったというのは無理があります。おそらく、これまで彼が起こしてきた誘拐事件同様、身代金を奪うことが主たる目的で、フランス軍の撤退要求は方便として付け加えられただけと考えるのが妥当でしょう。

 いずれにせよ、アルジェリア政府・軍としては、隣接するマリ北部がイスラム武装勢力の実効支配下に置かれている状況下で“テロリスト”が国境を越えてアルジェリア国内で跋扈するようなことになれば、1990年代の内戦の悪夢が再現されるのではないかと重大な懸念を持っていたことは間違いありません。

 このため、アルジェリア軍は犯人グループが人質を連れてマリ北部へ逃げ込むことを阻止することを最優先とし、事件発生翌日の1月17日、作戦行動を開始。ヘリコプターで空爆するなどの攻撃を行った後、特殊部隊が突入して現場を制圧しました。

 アルジェリア政府の発表によれば、この戦闘で685人のアルジェリア人労働者、107人の外国人が解放された一方、日本人10人を含む37人の人質と、29人の武装勢力が死亡したといわれています。このうち、現地で亡くなった日本人は、いずれも、化学プラントの建造に実績のある日揮の関係者で、現地での人望も厚く、多くの人々がその死を悼んだことは記憶に新しいところです。

 ちなみに、事件の首謀者、モフタールはアルジェリア軍の攻撃を逃れてマリ北部に潜伏していましたが、2013年3月2日、チャド軍によって発見され、殺害されています。
 
 なお、このあたりの事情については、拙著『マリ近現代史』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 展示イベントのご案内 ★★★

 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のバンコク展に出品した朝鮮戦争のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は2月4日(原則第1火曜日)で、ついで、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。
スポンサーサイト

別窓 | アルジェリア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< きょうからJTPC展です | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  増えすぎた“絶滅危惧種”>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/