内藤陽介 Yosuke NAITO
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 聖ジョージの祝日
2014-04-23 Wed 11:28
 今日(23日)は、ドラゴン退治の伝説で知られる聖ゲオルギウス(英語読みだとセント・ジョージ)の日です。というわけで、“セント・ジョージ”がらみの切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       英領ホンジュラス・セント・ジョージ島の戦い

 これは、1948年、英領ホンジュラス(現ベリーズ)で発行された“セント・ジョージ島の戦い150年”の記念切手で、18世紀末の同島のイメージが描かれています。ちなみに、切手上の“St George's Cay”の“Cay”は、西インド諸島の岩礁や小島を意味する単語で、辞書的には、中州や小岩に相当するものということなのですが、ここではとりあえず“島”と訳しました。

 さて、現在のベリーズ国家に相当する領域は、もともとマヤ文明の栄えた地域でしたが、スペインによる征服の後、グアテマラ総督府の管轄となりました。しかし、辺境の地であったため、総督の支配は十分には及ばず、1638年、英国の武装船団が到達して、沖合のセント・ジョージ島に勝手に入植を開始。以後、この地の支配をめぐり、英国とスペインの係争が続きましたが、英国側はベリーズ定住の実績を積み重ね、1763年のパリ条約、1783年のヴェルサイユ条約を通じて、スペインに同島を自由に使用収益させることを認めさせました。さらに、1784年、セント・ジョージ島の人口増大などを理由として、英国人は対岸のベリーズ・シティに移転。1798年には、今回ご紹介のセント・ジョージ島の戦いでスペイン軍を破ってこの地を確保しました。

 ところが、1821年に隣接するグアテマラが独立すると、グアテマラ新政府はベリーズ地域の支配権を含むスペイン統治時代の全ての権利はグアテマラに継承されていると主張。以後、この地の支配権をめぐっては、英国とグアテマラが対立する構図となり、1862年、英国は、ひとまずこの地域をジャマイカ総督管轄下のイギリス王室植民地として“英領ホンジュラス”を宣言しました。その後、1884年に“英領ホンジュラス”はジャマイカから離れて単独の植民地となります。

 第二次大戦後の1963年、英領ホンジュラスは英連邦内の自治政府となりますが、あくまでも英領ホンジュラスの地域は自国領と主張するグアテマラと英国との間で独立についての交渉が決裂。1973年の“(英領)ベリーズ”への正式な改称を経て、最終的に英連邦加盟国“ベリーズ”として独立したのは1981年9月21日のことでした。ちなみに、グアテマラがベリーズの領有権を放棄し、独立を承認したのは、1986年11月のことです。

 郵便に関しては、1786年以降、ジャマイカ経由で域外との通信が行われていたことが確認されており、“ベリーズ”の地名の入った郵便印の押されたカバーは19世紀初頭から存在しています。なお、1809年には最初の郵便局が開設されました。英国貨物船会社による定期便の開始は1830年1月7日のことで、これに合わせて、常勤の郵便局長としてモリアティが任命されています。ちなみに、ベリーズ当局では、これをベリーズ郵政の起源としています。

 1858年には英本国の切手が持ち込まれ、“A06”の抹消印も使用されるようになりましたが、1860年には切手の配給がストップし、しばらくはスタンプレス時代に戻りました。その後、“英領ホンジュラス”の発足宣言を受けて、1866年には“英領ホンジュラス”名の切手発行が開始されました。当初の額面はポンド表示でしたが、1888年からはセント/ドル表示に変更されています。

 さて、ことしは、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ベリーズも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、特別企画としてカリブ切手展を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけて関連の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。


 ★★★ 切手が語る台湾の歴史 ★★★

 5月15日13:00から、よみうりカルチャー北千住にて、よみうりカルチャーと台湾文化部の共催による“台湾文化を学ぶ講座”の一コマとして、「切手が語る台湾の歴史」という講演をやります。

 切手と郵便はその地域の実効支配者を示すシンボルでした。この点において、台湾は非常に興味深い対象です。それは、最初に近代郵便制度が導入された清末から現在に至るまで、台湾では一貫して、中国本土とは別の切手が用いられてきたからです。今回の講演では、こうした視点から、“中国”の外に置かれてきた台湾(史)の視点について、切手や郵便物を題材にお話しする予定です。

 参加費は無料ですが、事前に、北千住センター(03-3870-2061)まで、電話でのご予約が必要となります。よろしかったら、ぜひ、1人でも多くの方にご来駕いただけると幸いです。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

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