内藤陽介 Yosuke NAITO
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 商船三井系の船
2014-04-24 Thu 17:07
 戦後補償をめぐる損害賠償訴訟で敗訴した商船三井の貨物船“BAOSTEEL EMOTION”が上海海事法院(裁判所)に差し押さえられた問題で、同法院はきょう(24日)、同社が29億円余の賠償金に金利分を加えた約40億円を支払ったことを公表。明らかにした。これを受けて、浙江省の港に停泊していた貨物船の差し押さえ措置が解除されました。というわけで、今日は、商船三井関連の船の切手ということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       明治100年・青年の船

 これは、1968年1月19日に発行された「明治100年記念・青年の船」の切手で、“青年の船”として使われた“さくら丸”と青年男女が描かれています。

 切手に取り上げられた“さくら丸”は1962年に竣工の船で、当初は、現在の商船三井の前身にあたる大阪商船が所有していました。その後、1963年に大阪商船の移住客船の保有管理を行う日本移住船株式会社が発足すると、同社の管理の下、日本産業巡航見本市協会の所有船として、見本市の期間以外は、日本移住船株式会社によって貨客船として運航されていました。今回ご紹介の切手が発行された時点では、切手に取り上げられたさくら丸はこの形式で運航されています。

 その後、日本移住船株式会社は1970年に商船三井客室と合併し、商船三井客船と改名。1972年には南米航路から撤退し、“さくら丸”に加え“さんとす丸”と“ブラジル丸”の計3隻を売却。残る保有船の“あるぜんちな丸”を純客船に改装し、船名も“にっぽん丸(初代)”に改称しました。現在、商船三井客船は、商船三井のグループ企業として、“にっぽん丸(3代目)”1隻で国内外のクルーズを企画運行しています。

 切手の題材となった“青年の船”の企画は、1966年3月25日に行われた日本ユースホステル協会の新春懇談会の席上、同協会の会長で青少年育成国民会議委員の中山正男が米国の洋上大学“ユニバーシティ・オブ・セブンシーズ”にヒントを得て提案し、その実現を要望した建白書を出席していた首相の佐藤栄作に手渡したのが発端です。佐藤はその場でこれに賛同し、同席していた総務庁長官の安井謙に“青年の船”実現のための準備を進めるよう命じました。

 これを受けて、“青年の船”計画を実現するため。政府・民間の第1回懇談会が1966年4月20日に開かれましたが、その席上、“青年の船”の船出を1968年に実施予定の明治百年祭の記念事業とする方針が決められました。そして、同年9月28日の明治百年記念準備会議事業部会で“青年の船”は正式に明治百年の記念事業に認定されています。

 “青年の船”は、一隻の船に教師と学生を同乗させ、航海中はさまざまな学科を教授し、寄港地では現地を見学して見聞を広め、帰港すると卒業証書がもらえるというもので、事業担当は総理府(現・内閣府)青年局でした。

 こうして、1968年1月19日、公募で選ばれた18歳以上26歳未満の男子200名、女子80名の団員が“さくら丸”に乗って東京港を出港し、基隆、バンコク、シンガポール、コロンボ、マドラス、マレーシア、シンガポール、マニラ、那覇を経て3月30日、神戸港に帰港しました。

 さて、今回の供託金支払いに関して、商船三井側は「差し押さえが長引くと顧客にご迷惑をおかけすること、またその結果、当社の中国での事業活動に悪影響を生じかねないことを勘案した」と説明しています。しかし、筋論として言えば、日本との国交樹立に際して“戦争賠償の放棄”を明言した中華人民共和国が、戦時中の問題をめぐり、現在の日本企業の財産を差し押さえることは、外交条約から見ても法律的に見ても非常識な暴挙であることには間違いなく、決して容認されるものではありません。

 おそらく、暴力団のたかりと一緒で、今回の一件で味を占めた中国は、今後も日本企業に因縁をつけて巨額の金をむしり取ろうとするでしょう。理想論を言えば、今後、そうした“ならず者国家”には一切接触せず、日本企業もすべて中国から撤退する(少なくとも、新規の対中投資は止める)のが一番なのですが、まぁ、現実にはそういうわけにもいかないでしょう。それならば、善良な市民を暴力団から守るための警察組織があるように、中国の魔手から日本人と日本企業を護るための制度をきちんと整えることを、日本国として真剣に考えなければなりますまい。


 ★★★ 切手が語る台湾の歴史 ★★★

 5月15日13:00から、よみうりカルチャー北千住にて、よみうりカルチャーと台湾文化部の共催による“台湾文化を学ぶ講座”の一コマとして、「切手が語る台湾の歴史」という講演をやります。

 切手と郵便はその地域の実効支配者を示すシンボルでした。この点において、台湾は非常に興味深い対象です。それは、最初に近代郵便制度が導入された清末から現在に至るまで、台湾では一貫して、中国本土とは別の切手が用いられてきたからです。今回の講演では、こうした視点から、“中国”の外に置かれてきた台湾(史)の視点について、切手や郵便物を題材にお話しする予定です。

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