内藤陽介 Yosuke NAITO
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 最後の残留日本兵、亡くなる
2014-08-25 Mon 16:25
 第2次大戦後、インドネシアに残りオランダからの独立戦争に参加した元残留日本兵の最後の生き残りとなっていた小野盛さん(インドネシア名・ラフマット)が、けさ、東ジャワ州マランの病院で亡くなりました。享年94歳。謹んでご冥福をお祈りします。というわけで、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ジャワ・軍事郵便用はがき用紙使用

 これは、インドネシア独立戦争期の1946年2月8日、ジャワ島のマランから島内のマゲラン宛に差し出された葉書で、日本時代に発行された水牛農耕図案の5セント葉書がそのまま使用されています。

 日本占領時代のジャワ島では、1945年1月20日以降、水牛農耕図案の切手とほぼ同じデザインの印面の葉書が使用されていました。当初の額面は3.5センでしたが、終戦間際の1945年7月1日には郵便料金の改正があり、葉書料金が5センに値上げされたため、同日付でデザインはそのままに、額面を5センに改めた葉書も発行されています。
 
 ところで、日本占領下のジャワ島の切手と葉書は、バタヴィヤ(現ジャカルタ)のコルフ印刷会社で製造されましたが、同社は、日本軍の軍事郵便用の葉書の印刷も請け負っていたため、同社に残っていた大量の軍事郵便用はがきの用紙に水牛農耕図案の印面を印刷したモノもあります。今回ご紹介の葉書はその一例で、印面の下に”軍事郵便”との印刷が見えます。なお、水牛農耕図案の5セン葉書は、発行後まもなく、日本が降伏し、オランダ領東インドから撤退することになったため、今回ご紹介のモノを含め、その大半が戦後の使用例です。

 日本の敗戦直後の1945年8月17日、スカルノらはインドネシアの独立を宣言しましたが、オランダはこれを認めず、なし崩し的にインドネシア独立戦争が始まります。

 現地に残っていた日本軍は、連合軍の命令により、東南アジアの各占領地域を現状維持のまま、上陸する連合軍部隊に引き渡すことになり、インドネシア独立派への武器引渡しは禁止されていました。しかし、一部の地域では、独立派の要請に対して武器庫を開放することもあったほか、旧日本軍の将兵の中には、“東亜解放”の理念を奉じて独立派に身を投じた人が約1000人いたそうです。そのうち、半数が戦死・行方不明となり、生き残った後も、今回亡くなった小野さんのように、日本に帰らず、インドネシアで生涯を終えた人も少なくありません。

 今回亡くなった小野さんは、終戦時の日本軍での階級は軍曹で、1945年12月29日、辞世の句と写真、髪の毛を封筒に入れて日本に帰る戦友に渡し、親友2人とともに日本軍を離脱。翌30日、インドネシア共和国軍に参加し、インドネシア名“ラフマット”を名乗ることになります。

 その後、独立戦争で軍功を挙げたラフマットこと小野さんは、1948年7月24日、インドネシア側の要請を受けて、総員29名の日本人部隊が結成。当時は、いわゆるレンヴィル協定による一時的な停戦期間中であったため、部隊の活動は極秘とされ、7月30日には“幻の外人部隊”としてオランダ軍を襲撃し、オランダ側の10名を死傷させています。さらに、停戦協定が破棄され、オランダ軍による第2次侵攻が開始されると、小野さんの部隊はゲリラ戦を展開し、オランダ側からは“日本の虎”として大いに恐れられ、小野さんら残留日本兵は高額の懸賞首となりました。特に、1949年2月27日の東部ジャワ州での戦闘に際しては、小野さんは作戦参謀としてインドネシア共和国軍に大きな勝利をもたらしています。

 最終的に、小野さんは独立戦争参加勲章ほか7個の勲章と傷痍軍人章を受け(戦闘により、小野さんは左腕の肘から先を失っています)、予備役インドネシア陸軍少佐として、インドネシア政府から恩給も支給されていました。しかし、その金額はわずかなもので、結局、小野さん自身は現地女性と結婚し、農業で生計を立てていました。

 現在、インドネシア政府は、独立戦争を生き抜いた旧日本軍の将兵にはゲリラ勲章を授与しているほか、独立戦争中の戦死者・陣没者や独立戦争に参加した戦績のある元将兵については、没後、本人や遺族が希望しない場合を除き、ジャカルタのカリバタ英雄墓地をはじめ国内各地の英雄墓地に埋葬されることになっています。独立の英雄として英雄墓地に埋葬されることはインドネシアでは最高の栄誉とされており、その葬儀にはインドネシアの国防省代表、インドネシア国軍の葬儀委員、儀仗兵、軍楽隊が参加して、厳粛に執り行われます。今回亡くなった小野さんに関しては、ご本人の希望で、彼が長らく生活していた東ジャワ州バトゥの英雄墓地に埋葬される予定だそうです。

 一方、日本国内では、インドネシア独立戦争に参加した旧日本軍の将兵は、制度上は“脱走兵”の扱いとされており、インドネシア独立戦争中の戦死者に対しては遺族年金が支給されていないばかりでなく、彼らが“英霊”として靖国に祀られることもありません。インドネシア独立戦争におけるインドネシアの人の犠牲を過小評価し、大東亜戦争がアジア解放の戦いであり、インドネシアの独立も日本軍のおかげだという人は、小野さんたち、インドネシア独立の英雄に対する日本の冷淡な態度をどう考えているのか、ぜひとも、きちんとご説明いただきたいものですな。

 なお、インドネシア独立戦争については、拙著『蘭印戦跡紀行』でもいろいろと取り上げていますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

     
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