内藤陽介 Yosuke NAITO
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 コシツェ版小型シートと菩提樹
2006-05-08 Mon 23:58
 今日(5月8日)は、VEデイ。ヨーロッパでのナチス・ドイツに対する勝利の記念日です。というわけで、第二次欧州大戦の終結を物語るカバー(封筒)の中から、こんな1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

チェコスロバキアのカバー

 第二次大戦中、チェコスロバキアはナチス・ドイツによって分割され、チェコがドイツ保護領のボヘミア・モラビア、スロバキアが親独国家となっていました。このうち、スロバキア地域に関しては、ソ連軍が1944年末までに進駐し、勢力扶植に乗り出していましたが、チェコ地域へのソ連軍の進駐は1945年春まで遅れます。このため、1945年4月、スロバキア東部の都市、コシツェでチェコスロバキア共産党が「コシツェ綱領」を発表し、エドヴァルド・ベネシュを中心とするロンドン亡命政府との連立政権を発足させました。ちなみに、チェコ全土の“解放”は、ドイツ降伏後の1945年5月9日のことでした。

 さて、このカバーに貼られているのは、そうした解放直後のチェコ地域、ハブリチクーフ・ブロートから差し出されたもので、ベネシュ帰国の記念小型シート(6月25日発行)と菩提樹を描く10ハレーシュ切手(10月8日発行)が貼られています。

 この小型シートはコシツェで作られたもので、収集家の間では“コシツェ版”と呼ばれています。1945年の段階では、チェコスロバキアは共産国家ではありませんが、すでにソ連赤軍兵士の横顔が切手に取り上げられるなど、ソ連とのその後の関係が暗示されているようです。

 一方、菩提樹の切手は、ドイツ時代のものと同じデザインで、旧チェコ地域でのみ有効とされていたものですが、はやくも11月15日には使用禁止になっています。10月8日の切手発行から使用禁止までの間はわずか39日しかなく、11月12日の消印が押されているこのカバーの場合も、使用禁止3日前に何とか間に合ったという感じです。

 なお、消印はドイツ時代のものが使われましたが、さすがに、地名のドイツ語表示はまずいということになったのか、その部分は削り取られています。

 いずれにせよ、ドイツが降伏し、ソ連軍が進駐して、チェコスロバキアという国家の枠組が再建されつつあった時代をいろいろな面から物語ってくれているカバーとして興味深いマテリアルなので、図体はでかくて収納に困るのですが、それなりに気に入っています。
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