内藤陽介 Yosuke NAITO
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 香港で“和平占中”開始
2014-09-29 Mon 11:45
 中国が、1997年以降も50年間は英領時代の制度が維持されるとした“一国二制度”を骨抜きにするため、香港の次期行政長官選挙で民主派候補を事実上排除する決定を行ったことに抗議するため、香港の民主派団体はきのう(28日)、市内中心部の金融街・中環(セントラル)周辺を大群衆で占拠する街頭抗議活動(和平占中:オキュパイ・セントラル)を開始しました。というわけで、香港の民主派応援企画として、中環の風景を取り上げた切手の中から、まずはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      香港・電力100年(路面電車)

 これは、1990年、英領時代の香港で発行された“香港電力100年”の記念切手のうち、20世紀初頭の路面電車が走る德輔道(デボー・ロード)の風景を背景に、1890年の街頭のシルエットが描かれています。なお、德輔道は中環のど真ん中を通っている道路で、現在でも路面電車が走っているほか、地下鉄の中環駅はこの通りにあります。 報道によれば、今回の“中環占拠”では、このあたりにも抗議のデモ隊が溢れていたそうです。

  さて、香港における電力事業は、1888年の山頂纜車(ピーク・トラム)開通によって山の手地域の開発が進められ、この地域への水の供給が重要な課題となったため、山頂まで水をくみ上げるための動力として電力の利用が検討されたところから本格的に始まり、ポール・チャーターを中心にホンコン・エレクトリック(現・香港電燈有限公司)が設立されました。

 ポール・チャーターはカルカッタ出身の英国人で、香港には1864年にやってきて、アングロ・インディアン銀行の一つであったヒンドゥスタン銀行の行員を皮切りに、実業家としての頭角を現しました。

 当時の香港では、1862年に設立された香港中華ガス会社(現・タウンガス)によるガス灯が照明の主力で、1875-89年にかけて造られた都爹利街(ダデル・ストリート)の御影石の石段の両側に並ぶガス灯は、当時の面影を現在に伝えるスポットとして、法定古蹟にも指定されています。ただしそのガス灯そのものは1922年製のもので、設置当初のものではありません、

 さて、チャーターは立法評議会の委員2人とともに、1888年にホンコン・エレクトリック設立のための認可を総督府から得て、街灯の設置と山の手への水のくみ上げを行うことになります。このため、湾仔(ワンチャイ)に香港最初の発電所が建設され、翌1889年、ホンコン・エレクトリックの株式の募集が開始されました。

 ホンコン・エレクトリックは英本国から50キロワットの能力を持つ蒸気式の発電機を2台購入し、1890年12月1日の午後6時から街灯の点灯を開始しました。その後、香港の発電所は湾仔から北角(ノース・ポイント)へ、現在では南Y島へと移転し、かつての発電所跡地は電気街という名づけられた住宅街ならびに隠れ家的なレストランのあるスポットになっています。

 一方、切手の背景になっている路面電車ですが、香港島市街地の交通手段として路面電車を走らせようというプランが最初に提案されたのは1881年のことでしたが、このときには資金が集まらずに計画はあっさり頓挫しています。

 その後、ピークトラムが開通した後の1901年8月になって、あらためて路面電車建設のための公債が始められ、翌1902年2月7日、香港の路面電車の建設と管理を行うための香港電車電力有限公司がロンドンで設立されます。ちなみに、同社は同年末には香港電力牽引有限公司となりますが、1910年に現在の香港電車公司に改称されました。

 実際の建設工事は、堅尼地城(ケネディ・タウン)から銅鑼灣(コーズウェイ・ベイ)までの区間での単線の建設工事が1903年に始まり、翌1904年7月2日からの試運転を経て、同月30日午前10時、ようやく堅尼地域から筲箕湾(ショウケイワン)までの路線が開通しました。

 主なターミナル駅は、堅尼地城、屈地街(ホイッティ・ストリート)、上環街市(ウェスタン・マーケット)、中環、金鐘(アドミラリティ)、湾仔、銅鑼灣、天后(ティンハウ)、北角、西灣河(サイワンホ)、筲箕灣で、1914年には湾仔=銅鑼灣間に跑馬地(ハッピー・ヴァレー)行きの支線が開通しています。

 開通時に用いられていた車輌は英国製で、分解して香港まで運ばれた後、あらためて組み立てられました。車輌は、現在のような2階建てではなく、32人乗りの1等車と48人乗りの3等車がありました。料金は、1等車が10セント、3等車が5セントです。会社側は、当初、2等車も走らせる予定でしたが、ヨーロッパ人用と中国人用の車輌の差異を明確にするため(制度的には誰でもどちらの車輌にも乗れましたが、実際には、両者の間には厳然たる区別がありました)、2等車の計画は取り止めとなったといわれています。

 なお、このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でも詳しくご説明しておりますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。
 

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