内藤陽介 Yosuke NAITO
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 岩のドームの郵便学(22)
2014-10-21 Tue 23:33
 ご報告が遅くなりましたが、『本のメルマガ』550号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、1977-78年にエジプト以外の各国で発行された岩のドームの切手をご紹介する3回目。今回はこの切手を取りあげました。(画像はクリックで拡大されます)

      マリ・岩のドーム(1977)

 これは、1977年10月、“パレスチナにおける自由の戦士と殉難者の遺家族の福祉のために”と題してマリが発行した切手です。
 
 1968年11月18日、クーデターで“建国の父”で大統領のモディボ・ケイタを逮捕してマリの政権を掌握したムーサ・トラオレは、翌19日、国民解放軍事委員会(CMLN)を設置して自ら議長に就任。CMLNは、全ての政治活動を禁じるとともに、密告を奨励して、軍事政権に批判的なインテリ層を容赦なく逮捕するなどの強権的な支配を行いました。

 クーデター当初こそ、西側諸国はトラオレ政権を非難していましたが、トラオレが東西冷戦下で左派色の強いケイタ政権を打倒して、反共の旗幟を鮮明にしていたという事実の前に、次第にトラオレ非難は影をひそめるようになります。じっさい、旧宗主国のフランスはトラオレ政権を承認し、独裁政権に対する国内世論の非難を抑えて、1972年4月28日、マリ国家元首としてのトラオレのパリ公式訪問を受け入れています。

 ところで、トラオレがフランスを公式訪問し、国際的な認知を得た1972年という年は、サハラ砂漠南縁部、モーリタニア、マリ、チャド、ニジェール、ブルキナファソに広がる半乾燥地域であるサヘル地域を大旱魃が襲い、マリの国民生活に大きなダメージを与えた年でもありました。

 このため、国連は問題解決のための専門機関として国連スーダン・サヘル事務所(UNSO)を設置したほか、1974年に国際農業開発基金を設立するなどの対策を講じ、世界各国の民間レベルでもさまざまな救済運動が展開され、全世界から多額の支援がマリに寄せられましたが、それらは援助を必要としている国民の許へは届けられず、上は政府高官から下は現場の官吏にいたるまで、さまざまなレベルで横領されています。

 このため、サヘルの若者たちの中にはアルジェリアやリビアの大都市に移住する者が急増。特に、カダフィ政権下のリビアで傭兵部隊に加わる者が少なからず現れるようになりました。

 こうした状況でしたから、国民の間には軍事政権に対する不満が鬱積。政治警察は政府批判を徹底的に抑え込んではいたものの、政権側も民政復帰に向けて一定の譲歩が必要となっていることは認めざるをえませんでした。

 このため、1974年6月2日、軍事政権は“民政復帰の準備段階”として、新憲法についての国民投票を実施します。

 軍事政権が提示した憲法案では一党制で大統領は任期5年と規定されていました。体制批判派による投票ボイコットの呼びかけが行われたものの、投票の結果は99%の有権者が賛成票を投じたと発表されます。さらに、軍事政権側は、国民投票の結果に関わらず、今後5年間は政権にとどまると発表しており、国民投票はガス抜きのためのセレモニーという側面が強いものでした。

 こうした状況の下で、1974年11月25日、オート・ヴォルタ(現ブルキナファソ)との間でアガシュール地区をめぐって国境紛争が発生します。

 アガシュール地区は天然ガスとマンガンを中心とした鉱産資源の豊かな土地ですが、当時は、マリとオート・ヴォルタともに、独裁政権に対する国民の不満が高まっていたこともあり、両国の政権は、いずれも、隣国との戦闘によって国内の不満をそらそうとしました。なお、軍事的な衝突そのもの小規模なもので終わりましたが、アフリカ統一機構が調停に乗り出し、1975年6月18日に国境画定のための専門委員会を発足させるという条件で休戦協定をまとめるまで、両国間の緊張が続きます。

 オート・ヴォルタとの紛争を通じて、トラオレ政権は“国難”に対処するための国民の団結を強調するとともに、国民の和解を演出すべく、休戦協定の調印とほぼ時を同じくして、トラオレはモディボ・ケイタ前政権時代の有力政治家の何人かに対して特赦を発令。さらに、同年9月22日、トラオレは憲法に規定に合致する唯一の政党として、“マリ人民民主同盟(UDPM)”の結成の方針を表明し、あわせて、女性や青少年に加入を義務付けたマリ女性全国連盟ならびにマリ少年全国連盟を創設するなど、1979年の民政復帰に向けての基盤を固めていきました。

 この間、1977年2月13-15日の日程で、トラオレ政権は旧宗主国フランスの大統領、ジスカール・デスタンを招くことに成功。この訪問は、トラオレの進める“民主化”に対して、フランスがお墨付きを与えたことの証左として大々的に宣伝されました。

 その一方で、前大統領のケイタ本人は、トラオレの権威を脅かしかねないことから釈放が許されないまま、1977年5月18日、強制収容所で不審死を遂げています。

 曲がりなりにも“建国の父”であったケイタの無残な死は、多くの国民の同情を集め、葬儀には多くの参列者が集まりましたが、“犯罪者”であるケイタの死を悼むことは体制批判にほかならないと考えたトラオレ政権は、葬儀の参列者を含め、反体制派とみなした人々の一斉検挙に踏み切りました。

 さすがに、この行動に対しては内外からの批判も強かったため、トラオレ政権は、あらためて国民和解のためのロジックを必要としましたが、その場合、国民の90%がムスリムであるというマリ国家においては、ムスリムとして共有しうる価値観を前面に押し出すというのは、確実に一定の効果が見込めるものでした。

 もっとも、マリの国民は90%がムスリムであるとはいっても、彼らは多種多様な民族・部族から構成されているため、明らかにイスラムの教義に違反しない限り、(イスラム以前から続いている)伝統的な風俗・習慣は尊重されていましたし、何世代にもわたってそれらとイスラムが習合した結果、国民の間でも“イスラム”の内容にはさまざまなバリエーションが生じています。また、マリ国家は政治制度としては西欧式の政教分離を掲げる世俗主義国家であり、それゆえ、いわゆる原理主義政権のように“(彼らが考える)正しいイスラム”を国民に強要するということもありません。むしろ、世俗国家の独裁政権にとって、イスラム原理主義は危険要因ですらあります。

 こうしたことを綜合的に考えると、ムスリムとしてのマリ国民に抵抗なく受け入れられるロジックとしては、聖地エルサレムがイスラエルによって不当に占拠されていることに対してムスリムとして怒りを共有し、パレスチナ解放のために殉じた同胞のムスリムをともに追悼するというものが、最も手堅い内容だったと考えてよいでしょう。

 1977年10月、突如としてマリ郵政が“岩のドーム”の切手を発行した背景には、こうした国内事情が反映されていたとみるのが自然と思われます。

 なお、このあたりの事情については、拙著『マリ近現代史』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 ・11月1日(土) 14:30- 全国切手展<JAPEX>
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 ★★★ インターネット放送出演のご案内 ★★★

      チャンネルくらら写真

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