内藤陽介 Yosuke NAITO
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 預言者を揶揄する表現
2015-01-08 Thu 15:27
 フランス・パリの週刊風刺新聞「シャルリ・エブド」の本社に、きのう(7日)、武装した男3人が押し入って銃を乱射し、記者や警察官ら12人が死亡する事件が発生しました。犯人グループは、銃の乱射に際して「預言者の仇を討った」と叫んでおり、同紙が預言者ムハンマドを揶揄する記事・漫画などを掲載したことへの報復テロとみられています。というわけで、きょうは、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      モロッコ・ハーレム絵葉書   モロッコ・ハーレム絵葉書(裏)

 これは、1908年12月3日、仏領モロッコのマザガンからパリ宛の絵葉書で、絵面には、北アフリカの女性二人を連れたフランス人水兵の絵が描かれており、下には「アフリカの思い出―まるでマホメットの天国にいるみたいだ!」との文言が入っています。

 20世紀前半までのフランスでは公娼制度が社会の中にしっかりと根を下ろしており、売買春が悪であるという発想は全くありません。それは、“買う”側だけでなく、“売る”側も同様で、低賃金の女工たちが昼休みにパートタイム売春をやっていたというケースは日常茶飯事でした。じっさい、19世紀のフランスの小説の相当数が、娼婦を主人公ないしは重要な登場人物として取り上げているように、その是非善悪とは全く別の次元で、当時のフランス社会を理解しようとすれば、売買春について一定の知識は絶対に不可欠です。このことは、遊女や吉原の存在を無視して江戸の文化を理解できないのと、ある種パラレルな関係にあると考えても良いかもしれません。

 さて、そうしたフランス人ですから、当然、アフリカなどの植民地でも数多くの“赤線地帯”を設け、現地駐在のフランス人たちはそれを盛んに利用していました。特に、モロッコのアラブ系娼婦は、エキゾチックな顔立ちに褐色のすべすべした肌という身体的な魅力だけではなく(いわゆる白人の肌は、男女を問わず、肌理が粗くざらっとした手触りであることが多いので、肌の柔らかさや滑らかさは、彼らにとっては非常に魅力的に感じられるそうです)、その値段も、パリやマルセイユなどに比べると格段に安かったことから、好色なフランス男にとっては天国のような場所というイメージで語られることがしばしばありました。

 今回ご紹介の葉書も、そうしたイメージを“アフリカの思い出”と題して表現しているわけですが、その際、「まるでイスラムのマホメットの天国にいるみたいだ!」と表現しているところに、イスラムやイスラムの預言者ムハンマド(マホメット)を揶揄しようという意図が明らかに見てとれます。

 すなわち、イスラムでは、男性は正規の手続きを踏めば4人まで妻を娶ることが可能です。ただし、その本来の趣旨は、好色な男が自分の性欲を満たすため本妻に加えて複数の愛人を囲っても良いということではなく、戦争などで男女の人口バランスが崩れ、多くの戦争未亡人が路頭に迷うようなことになってはいけないので、“すべてを平等に愛することができるのなら”という条件付きで、一種の素朴な社会保障として、豊かな男性が複数の女性の生活の面倒を平等に見ることは認められるというのが建前です。しかも、イスラム世界の伝統的な結婚の手続きとしては、結婚に際して、夫側はまとまった金額の婚資を支払わなければなりませんので、通常の経済力の男性では、現実には、妻は1人が精一杯で、複数の妻を娶り、養っていく余裕はないでしょう。

 しかし、非イスラム世界では、そうした事情についての理解は乏しく、さらにはイスラムに対するキリスト教徒の偏見もあいまって、イスラムが制度的に一夫多妻を認めていることは、すなわち、ムスリム(イスラム教徒)が好色であり、ムハンマドはその最たるものというイメージと結びつき、さらには、複数の娼婦を相手にすることが「(好色な)マホメットの天国」という揶揄的な表現につながるという構造になっているわけです。

 さて、今回のフランスでの新聞社襲撃事件に関して、僕は犯人グループの犯行を一切擁護するつもりはありませんし、彼らの行為が言論の自由、報道の自由に対する重大な挑戦として、厳しく処罰すべきであるのは当然だと思っています。

 その一方で、言論の自由ということであれば何を言っても許されるというわけではなかろうと思います。ムスリムにとって尊敬の対象である預言者ムハンマドを、異教徒が性的なイメージで揶揄すれば、多くのムスリムが不快に思い、傷つき、怒るのも至極当然のことです。その場合、揶揄した側の行為を積極的に称賛したいという人は少数派ではないでしょうか。じっさい、今回襲撃を受けた「シャルリ・エブド」が掲載したムハンマドを揶揄する漫画の画像の一部がネット上に出回っていますが、それは以下のようなものです。

      ムハンマド・風刺画(シャリル・エブド)

 この漫画のムハンマドを、畏れ多いことですが、例えば、今上陛下に置き換えたものを我々が見せられたら、どういう気持ちになるでしょうか。あるいは、エリザベス女王に置き換えたものを英国人に、ラーマ9世に置き換えたものをタイ人に見せたとしたら、どういう反応が返ってくるでしょうか。答えは明らかだろうと思います。

 それにしても、日本国内でヘイト・スピーチ反対を声高に叫んでいる人たちの中には、今回の一件に関して、「言論の自由を守れ!」という人は多いのですが、それと同時に、「ムスリムに対するヘイト言説を止めよう!」という論陣を張る人は少数派のように見受けられます。あるいは、彼らにとっては、いわゆるヘイト・スピーチの矛先が、ある特定の集団以外に向けられたときは全くの無関心ということなのかもしれませんが、そうだとすると、それはあまりにもご都合主義ではないかと僕は思います。 


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は1月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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この記事のコメント
#2371 表現の自由の品位
 少し話題からそれるかも知れませんが。
 どんなに嫌いな国でも、相手国の大統領の人形を作って燃やすような下品な真似をしないのが日本人の美徳だと思っています。
2015-01-09 Fri 00:00 | URL | いわゐ將軍 #B7q/.fmY[ 内容変更] | ∧top | under∨
#2372
風刺~ユーモアなどを交えることでふつうに考えているところとは別のところで喚起するようなものだと思います。ときにそれが侮辱や挑発になってしまう危険もはらんでいますよね。風刺をする人には人間や人間社会~文明に対する絶大な信頼があるのではないでしょうか。信頼しすぎていると・・・。
2015-01-09 Fri 02:17 | URL | kuma0108 #V4rYaZBU[ 内容変更] | ∧top | under∨
#2373
諷刺をしていい相手とそうでない相手がいますな。
コラムに書かれたとおりで、日本で今上陛下のこういう諷刺画を書いたらやはり批判の的になるでしょうし、(昔、深沢七郎の風流夢譚事件というのがありましたね)書く方も表現の自由があるからといって、何を書いてもいいというわけではないと思います。あのような諷刺画を掲載したのであれば、それはイスラム教の人たちは怒って当然だと思います。
2015-01-25 Sun 22:54 | URL | 江田島平八郎 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
 皆様、お返事差し上げるのが大変遅くなり、失礼いたしました。

・ いわゐ將軍 様
 まぁ、最近はその品位がだいぶ怪しくなってきたのが、大いに残念なのですが。

・ kuma0108 様
 今回の件とは別の次元での話となりますが、風刺や皮肉というのは、文化的な背景や教養水準などの面である程度同じレベルにないと、トラブルの元ですからねぇ。かつてのように、内輪だけの言論空間で発言していれば事足れりというのではなく、ネットで良くも悪くも全世界、誰とでもつながってしまうという世の中になると、なかなかむずかしいのかもしれません。それはそれでさびしいですが。

・江田島平八郎 様
 この件に関しては、どうしてもムスリムに対して同情的になってしまいますよね。少なくとも日本人としては。
2015-08-23 Sun 23:22 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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